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4月手創り市出展者アンケートの紹介

【4月手創り市出展者アンケートの紹介ぁ

4月手創り市出展者アンケートの紹介もこれで最後となります。
ご紹介いたします。

(アンケートの紹介は無記名で行われております。ご了承ください。)

・・・・・
<東日本大震災から今、ひとりのつくり手としてどんな事を考えて過ごしてきましたか?>

どんな事?と言われてもなんとも言えません。
つくり手として、ひとりの人間として、子を持つ母として、私の場合はこの3つがからまっています。
4月の手創り市に参加するまで、毎日ああでもないこうでもないと悩んできました。
ただそれだけでした。
学生の頃に神戸の大震災を経験しました。
焼け野原のようであった街は時間をかけて今の姿を取り戻した。
同じ大震災として並べる事はできませんが、きっと長い時間をかけて復興するはずですし、神戸のあの頃を知る身としてはそう信じるほかにありません。

<今後、つくり手としてどのような取り組みをしたいと考えておりますか?>

ひとりのつくり手としては続けたいの一心でありますが、震災の後、子供が誇れるような母であり、いちつくり手として成長したいと思うようになりました。
それがなぜかと言われても説明のしようがないのですがそう強く思います。

・・・・・
<東日本大震災から今、ひとりのつくり手としてどんな事を考えて過ごしてきましたか?>
<今後、つくり手としてどのような取り組みをしたいと考えておりますか?>

震災後、とにかく調子が崩してしまって何もできない日々がずっと続いています。
頭では何かしなくてはならないと思うのですが、体が、手が、動きません。
でもつくる事だけは手創り市に参加する為に毎日少しずつやってきました。

私は布小物の作家として活動しながらも東北地方のあけびの籠に憧れている。
自分でも幾つかコレクションとして集めていますが、やっぱり自分でつくれるようになりたいとずっと思ってきました。
東北地方が今大変な事になっていて、まだまだ不安定で復興の兆しがようやく少し見えたばかり。
この事にとても胸を痛めています。
今後、東北でのものつくりの産業が活動をはじめたら何かお役にたてるような事でお手伝いをしたいと考えています。自分自身の幅を広げる為にも。
4月の手創り市に今は参加できて良かったです。
不安はありますけれど、自分が少し強くなった気がしています。

・・・・・
<東日本大震災から今、ひとりのつくり手としてどんな事を考えて過ごしてきましたか?>

大震災後、私はとにかく知識を取り込む事に明け暮れていました。
3月の手創り市にも参加する予定だったけれど準備も特にしないで、ネットやUstで調べているばかりの日々でした。
3月の手創り市が中止になって、主催者の方のブログを読み、自分はダメだと感じた。
知ることや調べることばかりで、つくり手として「おこなうこと」の大切さを忘れていた。
それを感じた時に、自分はつくることに対してまだ真剣に向き合えていないように思った。
4月参加してみて思った事は、手創り市の他の参加者の事を知りたいなという事。
普段はバラバラでいいと思うし、そういうものだけれど、どんな人たちが参加していて、どんな事を考えているのかを知りたい。震災と関係ないけれどそんな事を考えた。

<今後、つくり手としてどのような取り組みをしたいと考えておりますか?>

震災後、今まで通りとは絶対に言えない。
もっと強くならないと駄目だと思っている。
具体的な取り組みというのは考えていないけれど、今のままでは成長できない。

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<東日本大震災から今、ひとりのつくり手としてどんな事を考えて過ごしてきましたか?>

地震の後から4月の参加までいつものようにとはいかないけれど、できるだけふつうであることを意識してきました。
幸いにして(?)私は会社員であるので普段はそれなりに忙しい。
でも週末になると出かけたい気分じゃないので出かけない。
近所の商店街に買い物に行くことになって、普段の週末であればしないような料理を自宅ですることになった。東京にいて外にばっかり目がいってしまって、自分が住む町の事を全然知らないな、と思い、今さらだけど新鮮な出来事でした。
それを思うと被災地の方々が住まわれていた当たり前であった頃の町が今はない、と思うと改めて愕然としています。
つくり手としては、出来るかぎり穏やかにものをつくる事を意識してきました。

<今後、つくり手としてどのような取り組みをしたいと考えておりますか?>

東北、仙台にある(?)手つくり市に参加してみたい。
取り組みと言えるものではないけれど、実行に移したいと思います。

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<東日本大震災から今、ひとりのつくり手としてどんな事を考えて過ごしてきましたか?>
<今後、つくり手としてどのような取り組みをしたいと考えておりますか?>

手創り市さんに聞きたい事があります。
このアンケートの目的はなんですか?
と最初この用紙をもらった時に感じたのが正直なところです。
なんというか、ここでも地震の話題?いい加減にしてほしい!と。
今思うと馬鹿みたいにイラッときた。
こんなアンケートは載せなくていいですけれど・・・
私は都内の手つくり市さんにはほとんど参加してきました。
でも手創り市さんのように市と直接関係ない事をやってるのはここしかない。
なんとなくデリケートな話題だし、下手に足を突っ込むものでもないと思うし、そのあとが怖いと思う。こんなことをして。
4月の手創り市の帰りにそんな事を作家仲間と話をしていた時、その子が248さんという仙台の作家さんからのメッセージが掲載されていた、と言ってた。
それとこれがどう関係あるのかないのかわかりませんが、その事を聞いて何か手創り市いいじゃん、と偉そうに思った。それまでとてもドライな人が運営していると思い込んでいたから。
私だったらたくさんの人の気持ちに押し潰されてしまうからこんなことはしないけど、手創り市さんはこれからもこういう事をやってほしい。スタッフの皆さんは大変だと思いますけれど・・・

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<東日本大震災から今、ひとりのつくり手としてどんな事を考えて過ごしてきましたか?>

私は東北出身で何をするにも気持がこめられないで4月の手創り市に参加しました。
つくり手としてそんなことでは良くないのはわかっているけれどそれが本当でした。
4月に参加してみて思った事は当り前だけど被災地と東京では全然違うこと。
でも鬼子母神での皆の笑顔を見て心がホッとしました。
後戻りはできないですが、今は情けない自分に悔いています。
同時に強くなりたいし、つくる事はこれからも継続したいです。
両親も応援してくれているし、こんな大変な時なのに私の作品を「お守り代わりに買いたい」と連絡くれた事に感謝しているし、改めて尊敬しなおしました。うまくまとまらなくてすみません。

<今後、つくり手としてどのような取り組みをしたいと考えておりますか?>

私の出身地の隣町の仙台の手つくり市に参加したい。
東北地方のものつくりを勉強して自分の作品に取り込みたい。

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<東日本大震災から今、ひとりのつくり手としてどんな事を考えて過ごしてきましたか?>

つくり手として何かを考える事はありませんでした。
それでも4月の手創り市には絶対参加して売り上げの一部を少しでも寄付したいと考えていました。

<今後、つくり手としてどのような取り組みをしたいと考えておりますか?>

今まで通りという訳にはいかないと思いますが、自分の製作に今まで以上に取り組んでいきたい。
自分の作品に東北地方に伝わる伝統的な技術を取り入れたい。

手創り市にお願いがあります。
今回のようにこうしたアンケートは今後もずっと続けてください。
市の本分ではないと思いますがこうした事にいちつくり手として参加できる事は有難いからです。

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<東日本大震災から今、ひとりのつくり手としてどんな事を考えて過ごしてきましたか?>

家から出る事が怖いというのがありましたし、2,3日は家から出ませんでした。
家の中では、つくる事で精神的な安定を求めていたように感じています。
作家仲間の皆がなにを考えているのかを知りたかったけれど、メールも電話もできませんでした。
4月に参加してみて、やっぱり手創り市は楽しいという事を改めて感じました。
会場に笑顔がある事はそれだけで良いし、正直あれだけのお客さんが来ているのにもびっくりした。
不謹慎ですけれど、帰りの電車の中で笑みをうかべて帰宅しました。いつも以上に疲れたけれど。

<今後、つくり手としてどのような取り組みをしたいと考えておりますか?>

個人的にやれることもやりたいことも特に考えていません。
今後東北からの出展者があった時にいろいろ話を聞きたい。
興味本位ですが、まず知りたいと思うのが普通だと思いますから。

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<東日本大震災から今、ひとりのつくり手としてどんな事を考えて過ごしてきましたか?>
<今後、つくり手としてどのような取り組みをしたいと考えておりますか?>

アンケートの答えではないけど、アンケートがよく考えられてやっているのかが気になるし、よくやるなと正直思う。
でも前から手創り市は事あるごとにこういう事やってるからいつものようにやってるだけなのかもしれないけど、感心する。良くも悪くも。
それと3月の中止はとても残念だった。
個人的には手創り市はなにがなんでも開催すると思っていたから。
私は巣鴨に住んでいて中止の時も鬼子母神に駄菓子と募金を目的にお邪魔した。
鬼子母神は普段こんなに静かだったんだと新鮮な気分だった。
募金をしていたらスタッフの人が来て、お寺の人と話をしていて、足早に消えたと思ったら、また戻ってきて駄菓子を買っているのを見て笑いをこらえるのが大変だった。
でもそのあとはベンチでじっと本を読んでいるので何しているんだろう?と疑問だった。
あとになってブログを見て、鬼子母神にいた理由はわかったけれど、おかしかった。

これからの取り組みは、つくる事を続けること。
それに私は布小物をやっているので東北に伝わるようなこぎん刺しみたいな技術を学んで、できればその技術を教える事ができるようになりたい。

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<東日本大震災から今、ひとりのつくり手としてどんな事を考えて過ごしてきましたか?>

3月の中止はとても残念だった。
私は福島の生まれなので今帰る事が出来ない以上は作品を販売してそれを義援金にまわす事しかできないから。でも中止のmailが来るまで、電話をもらったり、少しだけ自分の事を話したりしていたので中止自体は納得していました。
4月の手創り市がやってくるまでに福島から母と妹がうちの家にやってきてたくさん泣いてたくさん話をして、私は父に会いたくてしかたなかったけれど、電話口での父はいつものように冷静で、犬の散歩をしてくるとか言っていて笑ってしまった。よいよ手創り市の前日になって普段なら緊張なんてしないのに母や妹が見に来ると言うからとても緊張しました。
当日は私も母も妹も楽しく過ごせて手創り市が当たり前にあることに感謝しました。

<今後、つくり手としてどのような取り組みをしたいと考えておりますか?>

これから一時仕事を休職して福島に戻る事を決めたので、むこうで自分の職種を生かします。でも手創り市は今まで通りにやっていてもらいたい。
また戻ってきたいので皆さんで支えあってほしい。
えらそうな事を言うようですが、やっぱり福島に戻って不安はありますから、東京に希望があったら嬉しいのです。
皆さんもいつか福島に遊びに来てくださいね。

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以上で【4月手創り市出展者アンケートの紹介】は終了です。
たくさんの方の様々な声がありました。
何度も読み返しながら手創り市にできることは、これからも継続する事を根っこに考え、それを基本としてフットワーク軽く広がりをもって開催してゆきたい。そんな事を改めて思いました。
お付き合いくださいまして有難う御座いました。

※ご意見ご感想は下記mailまでどうぞ。


名倉哲
info@tezukuriichi.com





4月手創り市出展者アンケートの紹介

【4月手創り市出展者アンケートの紹介】

昨日の荒天から一転空は快晴、とても気持がよい天気です。
4月手創り市出展者の皆さんからいただいたアンケートの紹介も3回目を迎えました。
ご紹介いたします。

(アンケートの紹介はすべて無記名となっております。予めご了承ください。)

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<東日本大震災直後から今、ひとりのつくり手としてどんなことを考えて過ごしてきましたか?>

震災が起こる以前から常日頃思っていたことですが、世の中では日々大小様々な事件や問題が発生しております。それぞれに一喜一憂して浮足だって自分を見失うことなく、しっかりと足元を見つめて、自分の置かれている立場で身の丈に合った自分の仕事を全うしていくことが一番大切なのではないかと思います。私は器用な方ではないので何かがあったからといって、声高に叫んで、特別な行動を起こすことはできません。
ある仏教の高僧が「弟子たちに告ぐ、諸諸の事象は過ぎ去るものである。怠ることなく自分の修業を完成しなさい。」と語ったことばが私の頭の中にはいつもあります。

<今後、つくり手としてどのような取り組みをしたいと考えておりますか?>

日本の国土の70%は森林におおわれています。しかしながら現在日本に建つ木造建築の大半に外国産の木が使われております。
この国では約1400年前から飛鳥・奈良・京都などにある寺社建築や仏像彫刻などが檜ほか様々な木によって造られてきました。こんなにすばらしい木があるのにほとんどの人に知られていないことを、とても寂しく思います。これからはより多くの人に国産の木のすばらしさを知ってもらい、木の文化のことを今一度考えていただけたらと思います。そして都会のオアシスや住宅で本物の木に触れて潤いのある生活を送っていただければ幸いです。

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<東日本大震災直後から今、ひとりのつくり手としてどんなことを考えて過ごしてきましたか?>

私にできることは何か…ずっと考えてきました。このような時に生活を豊かにするようなものを作りだそうとしている私のもの作りの作家は、本当に無力だと感じました。
作るということの意味すら感じられなくなり、無気力になったりしました。でも結局は、自分にできる事は、作ることしかないなあ…と思い、祈るような気持ちで日々製作しています。
それでもなお、作ったものをお金を出して買っていただいていいものかなあと思ったりもするし、でも、それで生活しなくてはならない…いまだにいろいろな気持ちになります。

<今後、つくり手としてどのような取り組みをしたいと考えておりますか?>

震災が起こってからそれぞれいろんな方たちがいろんなことを考えて不安におそわれたり、力がはいりすぎていたり、自分の作品を手にとってくれた方に、少しでもゆるく安らいでいただけるようなものを作りたいと思っています。
徳島でも、個人のお店の方達が「アングラボ」というUst放送をとおして、売り上げの一部を毎月寄付するという活動が始まっています。私は本当に微々たる力ですが、こうして県外に出展したり、各地の活動での売り上げ金額の一部を寄付することで参加することにしました。今はできることが少なかったとしても、私はつながりを大切にしていきたいと思ってます。一人の力でもできない事も、たくさんの人が集まれば大きな力になる。そのためには、日々のつながりが大事だなあと思います。(作り手としてというよりも人としてのことかもしれませんが)作り手として、皆さんがどう思われているのか、私もとても知りたいです。

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<東日本大震災直後から今、ひとりのつくり手としてどんなことを考えて過ごしてきましたか?>

地震直後は、自分の不安感から製作に逃げ込んでいました。現在の心境は「覚悟」をし、心も行動も「逃げ」ないという風になっている?かな。

<今後、つくり手としてどのような取り組みをしたいと考えておりますか?>

つくり手同士のつながりをより大事にしてゆきたいですね。(もちろんそれ以外の方とも)
小さなイベントをやるのいいかもしれません。

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<東日本大震災直後から今、ひとりのつくり手としてどんなことを考えて過ごしてきましたか?>

正直震災からしばらくは物づくりの無力感から、手が止まってしまいました。
このまま物を作っていていいのだろうか?と自問自答。

<今後、つくり手としてどのような取り組みをしたいと考えておりますか?>

今は少しでも作品を見て喜んでもらえればと思い、製作活動に力を入れています。
ジュエリーを作っているので作家仲間と使っていない銀の端材などを持ち寄りそれを売ってお金にかえて被災地に送る活動をしています。

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<東日本大震災直後から今、ひとりのつくり手としてどんなことを考えて過ごしてきましたか?>

東北の方達が失ったもののことを考えると気が遠くなります。
テレビでがれきの山を見ますが、私は木工をやるのであのがれきの中にも材料として使える物があるのではと思います。

<今後、つくり手としてどのような取り組みをしたいと考えておりますか?>

手づくり仲間と、ハートのモチーフをつなげたタペストリーを作り、現地にかかげる運動に参加します。

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<東日本大震災直後から今、ひとりのつくり手としてどんなことを考えて過ごしてきましたか?>

被災された方のために何かしたい、という気持ちはずっと心にあるのですが、いざ「つくり手として」となると、自分の無力さを感じずにはいられません。
被災地でない自分にできることは、まず日常を取り戻すこと。そして自分にとって日常とは「ものをつくること」です。今までと同じように「ものづくり」を続け、結果的にお客様、その周りの方々へと元気が広がっていけば…と考えています。

<今後、つくり手としてどのような取り組みをしたいと考えておりますか?>

これまで以上に「ものづくり」に励み魅力ある作品にしていきたいと思います。
また発表の場を増やして、一人でも多くのお客様の目に触れ、元気を伝えていけるよう頑張りたいと思います。

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<東日本大震災直後から今、ひとりのつくり手としてどんなことを考えて過ごしてきましたか?>

本当に豊かな生活とは何なのか改めてとりとめもなく考えた。
物をつくる人間として、物(いつかは消耗されたり、こわれたりするもの)へのこだわりの仕方はどのようなものが理想なのかこれから考えたいと思った。

<今後、つくり手としてどのような取り組みをしたいと考えておりますか?>

人間と人間のむすびつき(コミュニティとか)を創造できるような物づくりはできないかと考えます。
まだ方法は分からないけれど。

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<東日本大震災直後から今、ひとりのつくり手としてどんなことを考えて過ごしてきましたか?>

う〜ん、作り手としてかけだしなので、つくり手でいていいのかな?とかちらっと思ったり。
作ってるものは生活道具ですが絶対必要なものではないことをうしろめたく思ったり。

<今後、つくり手としてどのような取り組みをしたいと考えておりますか?>

今進もうとしてた道をひきかえしてもたいしたことにはならなさそうだし、そのままの道を進んで、レベルをあげ、売り上げをあげて、支援金を継続的にだす、とか。
大きな目標は電気を選べる経済力を身につけたい。
それもモノのレベルをあげて、売り上げを増やして(笑)

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<東日本大震災直後から今、ひとりのつくり手としてどんなことを考えて過ごしてきましたか?>

東北でものつくりをしている人を支援したいなと考えました。

<今後、つくり手としてどのような取り組みをしたいと考えておりますか?>

売り上げの一部を寄付するなどしていきたい。

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<東日本大震災直後から今、ひとりのつくり手としてどんなことを考えて過ごしてきましたか?>

出来る事は限られていますし、自粛ムードもありますが、今は、閉じ籠もっている、外に出て、何かしらするべきだと。
それで今回出展に応募させていただきました。

<今後、つくり手としてどのような取り組みをしたいと考えておりますか?>

正直、具体的には何も考えてはおりません。
ただ、自分の作品を見て、少しでもお客様が笑顔になって下さればいいなと思います。

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<東日本大震災直後から今、ひとりのつくり手としてどんなことを考えて過ごしてきましたか?>

やはり気持ち的に折れてしまい、一時全く作る事ができませんでした。
ミシンやアイロンを使うので、電気の事を考えると手を動かすのに時間がかかりました。
4月に出展が決まり、これではいけない…と思い、みんなに元気に会えるように春を届けられるように製作を再開しました。

<今後、つくり手としてどのような取り組みをしたいと考えておりますか?>

自分の力は微力ですが、自分にしかできない事を少しずつ形にしていけたらと思っています。
市に立って思う事…人の手はすばらしい…
そう思ってもらえるようなモノを作っていきたいです。

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<東日本大震災直後から今、ひとりのつくり手としてどんなことを考えて過ごしてきましたか?>

震災後から、自分に一枚の膜がかかっている様な気分がずっと続いています。何かリアルに感じられない感が正直ずっとあります。
私は、朝起きて朝ごはんを食べて仕事をして、帰ってきて晩ごはんを作って食べて、ゆっくり過ごして、眠りにつく。
そんな普通の暮らしを普通にしていきたいです。

<今後、つくり手としてどのような取り組みをしたいと考えておりますか?>

今までと変わらず、ごはんを作り、ケーキを作り、その組み合わせや味に、食べてくれた方がそれぞれの思いで楽しんでくれたらなと思ってます。
変わらず続けていきたい。ただそれだけです!

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<東日本大震災直後から今、ひとりのつくり手としてどんなことを考えて過ごしてきましたか?>

私は手創り市が好きで、初めはお客さんとして、今はつくり手として参加をしています。
私は東北の出身で両親兄妹は被災しています。
震災後、ずっと家族に連絡も取れず、不安をとおりこして毎晩泣いていました。
地震から3日後ようやく家族と連絡がとれ、こんなに泣いたことがないくらい泣きました。嬉しくて。
3月の手創り市に参加する予定で帰れるものなら帰りたいと電話でも話しましたが、家族には好きなことはしっかりやりなさい、と言われてまた泣いてしまいました。
結局3月は中止でしたが、落ち着かず鬼子母神には行きました。
手創り市のスタッフの男性の方がいました。
なにしてるんだろう?と思いましたが、怖そうなので声をかけずに帰りました。
そのあとブログを見て、色んな事がとても長い文で書いてあり、色んな事を考えているんだ、と思い、なんとなく嬉しくなり、やっぱり手創り市に出たいと応募しました。
4月の手創り市までは毎日の仕事のかたわら少しずつ作品をつくって準備をしました。
家族の事、地元の友達の事、たくさんの心配がありますが、自分なりに頑張ろうと思って4月は参加しました。高校生以来に頑張ったと思います。

<今後、つくり手としてどのような取り組みをしたいと考えておりますか?>

4月の手創り市が終わったばかりで正直よくわかりません。ほっとしています。しっかりと参加できて良かったです。これからは東北の方にも手創り市のような場所があれば出てみたいなと思います。自分ができることをその都度考えて実行します。。。

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人の想いはリレーのようにバトンを受け取り、次へ繋げてゆく事だと思う。
意味のない事なんてのは思いがある限りないと思うし、けれども意味ある事は必ずしも目に見えるものでもないとも思う。自分にとってこのアンケートの実施は、以前受け取ったmessageを返す、リレーとして、その延長で行っているような気がしています。
今晩には最後のアンケートの紹介を行いますのでよろしければ是非。

※ご意見ご感想は下記mailまでどうぞ。

名倉哲
info@tezukuriichi.com





4月手創り市出展者アンケートの紹介

【4月手創り市出展者アンケートの紹介◆

昨日に引き続き4月17日手創り市出展者による東日本大震災後アンケートのご紹介を致します。

(アンケートの紹介はすべて無記名によって行われております)

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<東日本大震災直後から、今ひとりのつくり手としてどんな事を考えて過ごしてきましたか?>

震災後、いつものよう手が動かなかった。
僕は昨年勤めてきた会社を辞めて、所謂作家活動一本に絞った。
自分なりではあるが、それなりの覚悟を持っていた。
けれども、手が動かない、それに無性に腹が立つと同時に情けなく思った。
今思えばまだまだ未熟すぎる自分であった事が痛感させられた。
3月も参加する予定であったけど、中止であった事に正直ほっとした・・・
他の出展者の方には申し訳ないと思うし、事務局の方にも面と向かって言えないけれど、正直な気持ちでした。
中止のmailが届き、ほっとしたが、落ち着かなかったので雑司ヶ谷まで行ってみた。
いつも会場で見かける男のスタッフの方(名倉さん?)がいた。
ぼうっとして何をしているのだろうと不思議だったけれど人に話しかけているようだったので僕のような人がいると思って会場に来ていたのだと思う。(その後リブロでも見かけた)
それからは段々と気持が落ち着いてきて4月の申し込みの準備をしながら日々を過ごしてきた。
いまだに不安だらけですが、ふつうにやれることを意識してやってくしかないと今は考えてる。
他の方たちはどんな事を考えているのでしょうか?

<今後、つくり手としてどのような取り組みをしたいと考えておりますか?>

今まで通りというか、まだまだ精神的に未熟な自分を改めて知ることができたから今はなんとも言えないです。外で起こっている事に意識しながらも、たんたんとやれるようになりたい

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<東日本大震災直後から、今ひとりのつくり手としてどんな事を考えて過ごしてきましたか?>

震災当日から、こんな事態が起こるなんてと信じられない気持ちでいっぱいでした。
それから日々入ってくる情報や震災の警報に、心が痛み正直ものを創るという気持ちにはなれませんでした。関東も直接被害は起きていないですが、不安を抱えて日々過ごしている人が多くいるはずです。
皆さんが思っているように、何かできないかな、何ができるのだろうと考えた時、
『少しでも、この状況、この感情を忘れる時間があっていいのではないか?』
と思うようになりました。
つくり手として、癒されるもの、ホットできるものをテーマに今回はイメージし、ペンダントを制作しました。
手創り市に集まった人が、いろいろな人と話し、作品を見て心を動かし震災の状況から、離れる時間があればいいなと思います。
私の作品を見て、少しでもそう感じてくれた方、お話をして笑えた方がいたら嬉しいな。そして楽しい時間を共有できればいいなと考えておりました。
 
<今後、つくり手としてどのような取り組みをしたいと考えておりますか?>

恥ずかしながら、ひそかに思っていることです。
私が創ったものを通して誰かが心を動かし、ニンマリ(笑)してもらえればいいなと思っています。
手創り市のように、お客さんと直接話す事であったり、作品を見て想像してもらう事で心地よい時間が流れればいいなと思います。
それでいて、お客さんが楽しんでいたら一番私は嬉しく思います。
もっと、想像をさせるもの、心を動かすものをつくりたいです。

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<東日本大震災直後から、今ひとりのつくり手としてどんな事を考えて過ごしてきましたか?>

余震が続いたこともあり、しばらく器をつくる気にはなれない日々が続きました。
心に余裕がないと、ものは作れないんだなぁと実感していました。
また、震災で6個くらいですが、お気に入りの器が割れました。普段だったら悔しくてたまらない所ですが何故かスっと諦める事ができました。
執着を手放す事ができた自分にちょっとびっくりしました。

<今後、つくり手としてどのような取り組みをしたいと考えておりますか?>

震災復興チャリティ的な品物を作るのは便乗商法のように思えてしまいあんまり気がすすまないので、自分の現金を寄付することに勤めます。
(赤十字とふるさと納税をしています。ふるさと納税は誤解されがちですが寄付と一緒で、私は親戚がいたり笠間のある茨城県にしました。)
また、経済をまわすために消費するようにしています。
昔は我慢して節約していましたが、今はお金を使う時だと思っています。

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<東日本大震災直後から、今ひとりのつくり手としてどんな事を考えて過ごしてきましたか?>
<今後、つくり手としてどのような取り組みをしたいと考えておりますか?>

地震後に津波で流れてしまった、日常生活で使っていたものが全て「がれき」という名がついた事にショックを受けました。

雑貨と言われるカテゴリを多く作って来た身にとっては何が必要か、必要でないかを再認識させられました。
「要らないものは捨てよう」と考えたりしたあとで(他にもそう思った人が多くいました)自分が作ったものは「捨てられても問題ないものか否か」を悩みました。

震災の後は作風が、雑貨小物から「身につける物」に寄っていきつつあります。
例えば男女関係なく着られるシャツだったりパジャマでも普段着でも使えるズボン(パンツ)だったり
素材も洗ってもすぐ乾くものとか。

昨日の出展の最中に高齢のおばさまから
「テレビを見ても、暗い話ばっかり。ここに来て、少し気分が晴れましたよ」と言っていただきました。
気に入っていただいたシャツを購入していただいたあとの言葉です。

これが、3月20日の出展だったらどうだったかな、と思いました。

「不謹慎だった」かな?
でも、もしかしたら、もっと早くこういうイベントを待っていた人も居るかもしれません。

今まで以上に、
日常で大事に使ってもらえるようなものを少しずつ発表できたらと思っています。

一個人の感想でした。

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<東日本大震災直後から、今ひとりのつくり手としてどんな事を考えて過ごしてきましたか?>

個人的な体験としては、地震発生時は自宅で作業をしていました。
揺れの恐怖と保育園に預けている子供が心配で、直後は作業が手につきませんでした。
それから数日は壊滅的な被害のニュースに放心し、原発の放射性物質の子供への影響に神経を尖らせていました。
それでも、週明けの半ばからは、ものをつくる手を休めずまた作業を続けました。

家を流され、親や子を失い、仕事も無くし、土地や海を放射能で汚された人たちに何かを出来るのは、私は社会だと思います。
インフラを整え、雇用を作り、安定した毎日を取り戻すための仕組みを作る。
大きな規模の救済措置が出来るのは社会で、その構成員として社会を良くするために選挙に行く、納税をする。
納税や義援金など、お金にまつわることは、ものをつくることで得られる収入から出せる。
ならば、もっと感覚を研ぎ澄まし、腕を磨いて、つくるものをより魅力的にすることと、今まで以上に精力的に動き、自分の活動を紹介し、つくり手として強くなろうと思いました。

また、船を失った漁師や、畑を流された農家の方が、「もう続けられない」と嘆く姿を報道で目にする度に、放射性物質の影響から同じ場所では出来ないかもしれないし、時間はかかけれど、いつか環境が取り戻された時には、もう一度その腕を振るって欲しいと思います。
私は革の鞄や小物を作っているので、自分自身にも、そうした、どこへ行っても、何があっても、「私にはこれが出来ます」と言えるような技を身につけて、生き抜く力にしたいと考えています。
これは、つくり手としてだけではなく、親として。
幼い子を保育園に預けてまで実現させたものづくりの日々を、自己満足で終わらせないための戒めとして。

<今後、つくり手としてどのような取り組みをしたいと考えておりますか?>

私は小さな鳥のかたちの革のピンブローチを作っていて、震災後はそのブローチの売り上げを義援金としています。
(まだマイルールの範囲です。お客様には伝えていません。)
普段は黒・茶色・白を定番で作っているので、復興をイメージした明るい色の革に、何かメッセージを入れたバージョンを作ろうと考えています。

・・・・・
<東日本大震災直後から今、ひとりの作り手としてどんな事を考えて過ごしてきましたか?>
 
震災の直後は、埼玉県春日部市も瓦や壁が崩れ落ち、水道管が破裂したり、一部では断層がずれている所もありました。
また、仙台の靴学校時代からの友人が被災し、その子の力になれないかと模索し、物資やお見舞い金などを送ったりしました。
余震も続き、不安をかかえながらも、ご注文頂いている靴を丁寧に心こめて作ることに専念しました。

これは震災前から思っていたことですが、便利になり過ぎたこの時代、何でもすぐに手に入り、簡単に捨ててしまう時代。
そんな中、お客様のご注文を受けてからお作りするスタイルでやってきました。
お客様にはお待たせてしてしまうかもしれませんが、それを楽しむ心の余裕も持ってもらえたら、、、
私は儲かりません、儲からないやり方だからです。でも、それが一番よい方法なのでは。。そう思い、モノ作りをしています。

<今後、作り手としてどのような取り組みをしたいと考えておりますか?>

私が出来る事は、モノ作りを通して人と人とのつながりを大切にし、物を大切にする心を共有すること。
これは震災前からの私の信念で、私のホームページのトップに掲げている言葉です。
震災後改めてこの事を肝に銘じて製作していきたいと思いました。
また、これからは、あまり機械に頼らない靴作りもしていこうと思います。靴は紀元前からあるものですから。
便利になり過ぎた時代に警鐘を鳴らし、靴教室を通じてそれらも伝えていけたらと思っております。

・・・・・
<東日本大震災直後から今、ひとりのつくり手としてどんなことを考えて過ごしてきましたか?>

震災直後。青森の両親と30時間連絡が取れずに不安な時間を過ごしました。
連絡が取れて無事が分かった後もすごくショックが大きかったのか、なかなか立ち直れずにいました。
そんなわけで作ることからも当然離れていたわけで。
それでも時間は過ぎていき、そのうちに「自分に出来る事は?」「やるべきことは?」と考えるように。
節約、情報に惑わされない生活を心がけることはもちろん材料を買って、作って、売る。
元気である私が出来る事は普通に生活をして今までどおりモノヅクリをすることなんじゃないか?と思うように。

<今後、つくり手としてどのような取り組みをしたいと考えておりますか?>

変わらず、楽しんで誠心誠意モノヅクリをしていきたい。
今まで以上に普通の生活を送れること、モノヅクリと発表が出来る環境に感謝するように。
人の笑顔はものすごいパワーがあると思います。
微力ながらも幸せのお手伝いを出来たらなと思います。

・・・・・
<東日本大震災直後から今、ひとりのつくり手としてどんな事を考えて過ごしてきましたか?>

“つくり手として”という意識よりも、東京に暮らす者として、「何ができるか」という思いから、次第に、
「何をすべきか」という考えへ、移ってきました。

ものづくりは続けていきますが、“今までどおりに”ではないと感じています。

“つくり手として”ということで強いて言えば、数はそれほど多くありませんが、いつもブログを見てくださる読者の方がいらっしゃるので、その方々へ向けて、義援金以外の被災地支援方法など私たちが得た情報、また、原発事故に関連して私たちが考えていることなどを、できるだけ発信するようにしてきました。

<今後、つくり手としてどのような取り組みをしたいと考えいますか?>

現在模索中ですが、長く被災地支援を続けていくための呼びかけを繰り返していきたいし、
東北地方でのイベントにも積極的に参加したい。

原発から自然エネルギーへのシフトをすすめていくために、微力でもメッセージを発信していきたいとも考えています。
脱原発・反原発の意思を表明することは、つくり手としては“損”をすることもあるでしょうし、対立を生むこともあるかもしれません。
それでも、つくり手と作品はまったく別のものではないと私たちは考えていますし、市に来られるお客様もそう考えていらっしゃると思うので、作品のイメージを創り出すために自分たちの考えを隠そうとは思いません。
むしろ、作品を通して私たちの考えも知っていただけたら、と考えています。
※寺社での市に参加する際は参加規約等に従って行動いたします。

・・・・・
<東日本大震災直後から今、ひとりのつくり手としてどんな事を考えてすごしてきましたか?>

正直に言えば、すぐに心が「作ること」に向かったかといえば、そうではありませんでした。

きっと命を守ることや心の安定をはかることに必死だったんだと思います。

でも次第に、作ることで一瞬でも平静を得たいという気持ちに変わっていきました。
震災前の「作っている日常」を再現して、心の日常を取り戻そうとしていたんだと思います。

その後、手創り市の募集があり、きっと私たちと同じように日常を取り戻すためにお客様も会場に来る、と感じていました。
その時のためにも頑張ろうと、逆に普段よりも早いペースで新商品を作って準備を進めていました。

<今後、つくり手としてどのような取り組みをしたいと考えておりますか?>

私たちの商品は、直接的に命を救う道具でもないし、被災地を復興させる救援物資にもならない。
それでも何か役に立てる方法はないかと、今も考えます。

私たちの商品は、手紙用品やメッセージカードなので、きっとそれはいつか東北に届くと思います。
でも、それは私たちララデザインが直接送っているわけではありません。
手創り市で買ってくれたお客様が、使ってくれた時に初めて、被災地にささやかな気持ちが届きます。

なので、私たちは、たくさん買ってもらえるように努力するべきだと考えています。
作品の「展示」ではなく、「販売」だからその先につながるんだと思っています。

4月17日の手創り市で、「この手紙だったら福島の友達も喜んでくれるかな・・・」とつぶやいたお客様がいました。
実際、そのお客様は購入してくださいました。
きっと、今日や明日や近々、手紙を書いてくださって、今週末や来週や再来週に福島に届いて、私たちの商品が仕事を果たしてくれるのではないかと期待しています。

「作り手としてどのような取り組みをしたいか?」という質問には、
「商品に込めている思いをより一層強く持って商品を作って、販売までする」
という答えになるんだと思います。
今回の震災と、また次にいつか起こる震災の「あいだ」に、私たちの大切なやるべきことがあるんだと思います。

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お読み頂き有難う御座います。
ひとつの方向へむかうではなく、
答えを見つける為でもなく、
様々な思いを知るためにアンケートを行っているように感じています。
明日も続きます。

※ご意見ご感想は下記mailまでどうぞ。


名倉哲
info@tezukuriichi.com





4月手創り市出展者アンケートの紹介

【4月手創り市出展者アンケートの紹介 

東日本大震災から一カ月と少しが経過した現在、先週日曜日には4月の手創り市が開催され、出展者の皆様には、震災直後から今に至るまで、つくり手としてどのように考え過ごしてきたか?というアンケートを実施しました。漠然とした質問内容でありつつ、デリケートなものである事を理解した上で行ったアンケートだったので、どれだけの方にご協力いただけるかは未知数でしたが、多くの方よりご協力いただき事務局あてに多数届けられております。
つくり手の皆様、ご来場者の皆様、多くの方に読まれる事を願って。
(アンケートの紹介はすべて無記名で行われておりますので予めご了承ください。)

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<東日本大震災から今、ひとりのつくり手としてどんな事を考えて過ごしてきましたか?>

今回の地震に際して、ひとりの「つくり手」として、まがりなりにも「表現者」「何かを発する者」として、メッセージを発信すべきではないか?国の対策・原発問題等に対して、自分なりの考えを、作品や言葉にのせて発信するべきじゃないのか?

このことを、かなり考えました。今も考えています。これからも考え続けると思います。

実際に3月11日以降、原発問題等についてブログ上等で、勇気を持って声を上げられている作家さんがたくさんいらっしゃいます。
それも、押し付けがましく持論を展開するのでは無く、作家さん自身の葛藤が文章から溢れ出してくるものです。言おうか、言うまいか、悩んだ末にこぼれだした切実な声です。

僕ははそんな作家さん達を心から尊敬しています。

ただ、僕は声を上げることは選びませんでした。

これからも「つくり手」として、具体的な方向性を持った、社会的、政治的メッセージは発さないと思います。

僕には、ものをつくる時のお手本のようなものがあります。
それは「山の景色」です。自然の景色と言ってもいいと思います。

山は何も言わないけれど、様々な人達が、それぞれに違う何かを見いだし、受け取っていく。

いろいろな考え方を持った人達がみんな楽しめること、人それぞれ違う何かを感じてもらえること。

どうでもいいようなことなのですが、僕のものづくりにとってはとても大切なことです。

これからの国の方向性、特に原発問題に関して言えば、反対、推進に限らず、様々な意見が出てくることと思います。
そういった時にも、僕のものづくりは、みんなが一緒に楽しめる場所でありたいと思います。

もちろん、僕個人としては原発問題等、自分なりに調べたうえでの考えや意見はあります。
これからはそういったことを、みんなで話し合うことがとても大切だとも思います。
ですから、具体的なメッセージ性を持った作品づくりに強烈に心惹かれることもありますし、ブログ等で社会的、政治的意見を発信したくなる時もあります。

でも、それはしないのが「yuta」だと思っています。

甘っちょろいかもしれませんし、卑怯だと言われてしまうかもしれません。

僕自身「それでいいのか?」と揺れに揺れています。

ですが、きっと変わりません。変わらない覚悟のようなものがあります。

そして、こうした「つくり手」としての考えは、あくまでも、「僕がそうしたい」という思いであって、「みんなそうするべきだ」という考えではありません。

最後に繰り返しになりますが、社会問題や政治問題と真っ向から向き合い、具体的なメッセージを込めた作品に素晴らしいものはたくさんあります。それこそ歴史に残る素晴らしいものが、そういった熱の中からこそたくさん生まれていますし、思い悩んだ末に勇気を持って言葉を発することを選んだ作家さんを、僕は心から尊敬しています。

<今後、つくり手としてどのような取り組みをしたいと考えておりますか?>

今までと変わらず、いろいろな考え方を持った人達がみんな楽しめること、人それぞれが違う何かを感じてもらえることを大切に、ものづくりを行っていきたいです。

そして、青森のクラフトフェアに応募しました。震源地からはだいぶ距離がありますが、東北で展示をすることによって、楽しんでいただくことで力になれるのかどうか等、何か見えてくるものがあればいいと思います。

・・・・・
<・東日本大震災直後から今、ひとりのつくり手としてどんな事を考えて過ごしてきましたか?>

大きな地震から
普段通りにしているつもりでも そうではなくて
ニュースの中から
街の空気から 非日常のような雰囲気が漂っていたけれど

わたしもその中で
普段通りを装って 仕事に制作に励んでいました

つくり手として なにかを考えることはなく
つくっていることが
わたしに平常心をくれていました

人として何をすべきか ??
つくり手としての考えとは ??

なんてことは
わたしにはまだ難しくて 考えても 考えが及びません

<・今後、つくり手としてどのような取り組みをしたいと考えておりますか?>

わたしは知っています
自分は つくり手としても 人としても 未だ未熟
でたいしたことないと

わたしができることといったら
電気は最小限に抑え でんこちゃんに協力
わずかなお金をドラえもんに託してみたり
被災された方を想って
わたしにできることを 行動することくらいです

それは とても 些細で頼りないことばかりだけど
わたしは
わたしと被災地との距離感で 悲しんで 寄り添って
そして
決して3月11日のとこを忘れないでいようと決めています

地震から1ヶ月以上過ぎ
救援物資におもちゃの項目がでてくるようになりました
お水や食料 、おむつほど必要ではないけれど
りんごちゃんを送りたいので
物資受け入れをしてくれるところを 探している最中です

・・・・・
<東日本大震災から今、ひとりのつくり手としてどんな事を考えて過ごしてきましたか?>

よりいっそうの景気の冷え込みが予想される中、生活必須品とは必ずしも言えない「ハンドメイド」にどれだけの活路があるのかと心配していました。
日本人の購買感覚というのは、一概には言えないがなんとなく保守的なイメージがあったからです。

これは人から聞いた話なのですが、
アルゼンチンなどの国では、国は貧しいけれど、所謂フリマ感覚で手作り品を道端で売るだけの生活で衣食住が成り立つそうです。

日本ではなかなか難しい話ですよね。
日本は国としては成熟しているけれど、なにかを忘れているのかもしれないとも思います。
今回の震災でもしかしたらGDPは下がるかもしれない。
だが今まで速すぎていた社会とも違う、国民幸福度の高い精神的に成熟した国として再生されていくといいなと思います。
そのとき、人の心を打つのは人の手を介したモノだと信じています。

<今後、つくり手としてどのような取り組みをしたいと考えておりますか?>

今日ニュースで見たのですが、被災地では「演歌」が感動をよんでいるそうです。
若者に人気のJ-POPはお年寄りの多い東北では心に響いていないようだとありました。
この記事は妙にひっかかりました。単純に世代の話だけではなく、世相がそれ(演歌)を求めているのではないかとすら思いました。
人は心の温かみを求めて浪花節な感覚になっているのではないか。
あるいは、何かを失い、何かを取り戻す過程で浪花節な感覚になっていくのではないか。

クラフトも変わらないと思います。その精神性を感じてくれる日本人が増えて欲しいしなってくれるよう願いを込めて、今後は、より心にうるっと来るものを作って行きたいと考えています。

・・・・・
<東日本大震災から今、ひとりのつくり手としてどんな事を考えて過ごしてきましたか?>

まず第一に、「無力感」
手作りなんて、実質なんにも役に立たない、被災した方を思うとまず「作れない」。

そして、それではどうすれば「役に立つことができるか」をずっと考えていました。

考えているうちに、
一人ひとりができることは皆違うこと、
なにより大事なのは「日常」であること、
少しでも「喜び」や「楽しみ」が増えればそれは伝染していって、
日常が徐々に戻り基礎がしっかりして立ち上がれる、
そのためにも「いつも通り」を心がけるよう、決めました。


<今後、つくり手としてどのような取り組みをしたいと考えておりますか?>

喜・楽>怒・哀
なるべく「楽しい」ものを作って「喜び」を伝染させたいと思っています。
まず一人を笑わせることを考えながら作りたい。
 
いつでも安心して帰って来られる「日常」をこういうカタチで守って行きたいです。

実際には、売り上げの何%かを常に何かの寄付に充てたいと思っており、
この夏、チャリティ展覧会を企画中。
無理せず、長続きするやり方で進めていきたいです。

・・・・・
<東日本大震災から今、ひとりのつくり手としてどんな事を考えて過ごしてきましたか?>

地震のあった日は実家で仕事をしていました。突然の激しい揺れの中、倒れる棚をどうすることも
できないまま、両親と揺れがおさまるのを待っていました。
その後の各被災地での状況や福島原発のことなど、次から次に大変な事故が起こりました。そして現在も。
それからはつくり手としてというよりも人間として自分に何ができるのかということより、自分ができることをまずしよう、仕事に対して疎かにしていることはないだろうか、もっと丁寧に作ろう。などはじめて経験した恐怖からでしょうか、、そんか事ばかり考えて生活していました。

<今後、つくり手としてどのような取り組みをしたいと考えておりますか?>

今後、つくり手としてまずより丁寧に仕事をする。
少しでも売り上げの1部を被災地に届けるようにする。
そのためにももっとつくり手の活動できる場を仲間と改築する。
またそういった活動をされている方にできるかぎり協力する。
とりあえずつくれる人はつくるしかないと思います。

・・・・・
<東日本大震災から今、ひとりのつくり手としてどんな事を考えて過ごしてきましたか?>

はじめは ただただ、無力を感じていました。
子どもがおらず独身だったら、すぐさま被災地に飛んで行ける職種を持ちながら実際は自分の家族を支えることに徹するほかなく、自責の念が常にありました。
つくり手として、呑気に作品を作り続けていて良いのだろうか、自問自答の日々でした。

しかし、同じ職種を持っている方々が次々と被災地で活動をして被災者を支えている情報を聞いたり見たりするうちにその方達の活動を陰ながら支えることも、支援の一つではないかと考えるようになりました。
また、被災地のみならず、日本全土が今回の震災で心身を痛めていると思います。
自分のつくる作品で一人でも多くの方の癒しや愉しみが生み出されれば、そんな思いで制作を続けておりました。

<今後、つくり手としてどのような取り組みをしたいと考えておりますか?>

正直なところ、このまま東京で暮らしていくことに不安を感じながら過ごしています。
小さな子供がいるため、より安全な土地で新たに出直すことも考えながら日々葛藤して過ごしています。
ですが、東京にいる以上はこれまでと変わらずに真摯に作品作りに向き合い沢山の方に喜んでいただけるようなものを作り続けることに徹していきたいと思っています。
何より、作品を作ること自体、自分自身の癒しであり愉しみでもありますのでものを作る楽しみをかみしめながら 自分に今出来ることに精一杯取り組んでゆきたいと思います。

・・・・・
<東日本大震災直後から今、ひとりのつくり手としてどんな事を考えて過ごしてきましたか?>

当初は、何も手に付かず、地震対策と、テレビで甚大な被害を受けた地域を見て脅えるばかりでした。
少しでも、と思い義援金の募金箱に小銭を入れてみたりしていました。
未だに余震が怖いのですが、家もライフラインも食料も充実している私達が、なにをするべきか?っと義援金もさることながら、経済支援として、普通に(必要ない贅沢をのぞき)生活をして行こうと普通に必要な物を買い、普通に作業をし、普通にお客様を呼び、笑顔に会えればって地震(余震)、怖いけど仙台の手作り市行こうかと…

<今後、つくり手としてどのような取り組みをしたいと考えてますか?>

ただ、ただ自分なりですがeco活動を楽しみつつ作業していければ。
一人でも多くに、笑顔を導ければと

・・・・・
<東日本大震災直後から今、ひとりのつくり手としてどんな事を考えてすごしてきましたか?>
 
宮城県は、両親の故郷で幼少期から毎年訪れ、私にとっても第二の故郷であったこと、多くの親戚が被災したこともあり、ショックもかなり大きかったです。
  
正直当初は、「人が生きていく時に最も必要とする物」に含まれないであろうジュエリーを作ることに どんな意味があるのかわからなくなっていました。
もしかしたら、ただの自己満足なのでは、ないかとか・・・。
本当のことを言うと、心が折れて作家活動をやめてしまおうかとも思っていました。

そんなときに、いつも私の活動を応援してくれる人から、
「あなたの作品を見て元気になる人だっているんじゃないですか。」と言われました。
その一言でよくよく自分の作品の存在意味や活動の意味を考えました。

確かに、「人が生きるために最も必要とする物」では、無いかもしれないけど、
「長い人生を生き抜いていくためには、必要な物」の中には、入るかもと。
頑張っていくためには、喜びや希望や楽しみは、不可欠ですよね。

「誰かの喜びや楽しみや癒しになるのかも。笑顔のもとになれるのかも。」と思うようになりました。
そして、自分自身も活動を続けていく上で、誰かのそんな想いに勇気や喜びを与えてもらっていることにも気がつきました。

そして、まだまだ不安定な状態のなか「いつもあるものが変わらずに、そこにある」ことの意味を毎日感じています。
いつもの風景・行きつけのお店・普段通りに過ごせる日常。
これらは、安心感を与えてくれて、それは、幸せなことなんだと。

私が作家活動を続けて行くことが同じことを意味すればいいなと思っています。

今回の震災は、自分の生き方・作家活動の意味をよくよく考える機会になりました。
きっと、そんな人がいっぱいいるのでは、ないでしょうか。

<今後、つくり手としてどのような取り組みをしたいと考えておりますか?>

以前から、自分の活動でチャリティになるようなことに取り組めればいいなぁという思いがあったので、これを機に具体的に案を練っていきたいです。

それと私は、ジュエリーを作ることに本当に喜びと楽しさを感じているので、
それを色々なかたと分かち合えたら、これは、また楽しいどろうなぁと思っています。
今後、ワークショップなどをやっていけたらとも考えています。
こちらもじっくり案を練ってみようと思っています。

・・・・・
<東日本大震災から今、ひとりのつくり手としてどんな事を考えて過ごしてきましたか?>

ガラスを吹ける環境があるだけで恵まれているということ。
手創り市で知った人の顔を見ると、それだけで安心すること。
 
どす黒い大きな津波にのまれ、瓦礫と一緒に真暗な海の底に引きずり込まれ、
翌日浜に打ち上げられた自分を想像するととても怖い。
(つくり手は関係ないけど…)
 
<今後、つくり手としてどのような取り組みをしたいと考えておりますか?>

雄勝硯が気になる。
お願いになってしまうが雑司ヶ谷、品川などの手創り市で連携し、硯職人に宛てた義援金を集められないだろうか?

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<東日本大震災後から今、ひとりのつくり手としてどんな事を考えて過ごしてきましたか?>
<今後、つくり手としてどのような取り組みをしたいと考えておりますか?>

自分はつくり手(あえて自分をそう呼ぶのなら)でしかなくそれ以上でも以下でもないということ。
当初(そして今も)さかんに行われた「自粛」というものにも違和感を感じたし、逆に「勇気を与える」あるいは「ひとりじゃない。われわれが共にある」等の発言にも疑問を感じます。
それはむしろある種のおごりに聞こえます。
今回の東北地方の惨状とは比べ物にもならないですが、自分は中目黒駅近く、目黒川の橋のたもとで生まれ、10代の終わりまでそこで育ったのですが、そこは(今はもうそんなことはないですが)ほんの30年ほど前まで集中的な豪雨があればすぐに溢れるようなところで、実際に何度か腰の高さほどの浸水も経験したし、あるいは近所の高台の家まで避難して何日かを過ごすということも経験していますし、そのせいで家が住める状態でなくなるということがどんなことかほんの少し(ほんとうにほんの少し)ですが知っています。
そしてたしかにそのときは周りの方たちにいろいろと助けられ、世話になり、もちろん感謝もしましたが、しかし最終的には住めない家を修復したり、またもとの生活を取り戻すのもそれはその当事者のすることなのです。
何も被害にあってないものがいくら「一緒にがんばろう」などと言っても(こんな言い方はひどいかも知れませんが)それほど真実味のあるものではないのです。
たしかに「つくり手としてできること」というものもあるかも知れません。しかしそれは被災地を想うことだけです。
そして今だけではなく、今後も忘れてしまうのではなく、彼らがまたもとの暮らしに、あるいはもっとよい暮らしを取り戻すまで、ずっと気にかけ続けることだけだと思うのです。
もちろん義援金を集めたり(あるいは自分が出したり)物資を送ることに協力したりすることはできます。
自分たちのすることでなにか協力できることはあるかも知れませんし、できることがあればしたいと思っています。
しかしあったとしても今だけそれをするのならそれは今だけで終わってしまうことで、それほどの助けにはならないのです。
自分の知人、友人にも向こうに住む家族を失ったものも何人かいますし、実際に向こうにいて被災(あるいは原発の被害も)し、今も懸命にがんばっているものもいます。
自分は自分にできることはなんでも(それはきっと小さなことですが)協力し、しかし後は彼らが戻って来るのをじっと待つことにしようと思っています。
ここにいて実は何も被害にあっていない自分たちにできるのは彼らが戻って来たときにまた同じように迎え、それを喜ぶことだけです。
そして戻って来ることをただ祈るだけです。
そう思っています。

・・・・・

4月手創り市出展者によるアンケートのご紹介は、
明日以降も引き続き行われますのでご覧いただければ幸いです。

※ご意見ご感想は下記mailまでどうぞ。


名倉哲
info@tezukuriichi.com









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