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9月22日 昔からそうだった。

 

写真と本文は関係御座いません。

 

つい先日、猿ではなく人と話していて気づいたことがある。

 

子どもの頃。

周囲の友達が、

ファミコンや自転車を親から買い与えられているのを見ていて、

「自分も欲しい…」と思ったことがなかった。

 

大人になってもそれは変わらず。

例えばスマホやタブレット。

男子特有?でいえば、

ちょっといい時計や車など。

欲しいとなかなか思えない。

 

物欲はけっこうある方だ。

こういっちゃなんだが、

所謂目新しいもの全て気になる興味ある。

けれど、

それが「欲しい」とはならない。

 

器や絵や写真。

つけもしないのにアクセサリー。

あってもなくても困らない、

実生活に不要なもの。

こういったものは、

「好き」や「惹かれる」という理由で手にいれる。

絵や器などは、置くところに困っているのに手にいれてしまう。

 

なぜだろう?

 

深夜にポテチをつまみつつ考えてたら、ようやっとわかった。

ポテチの神様。ありがとう。

 

自分が欲しくないもの。

もっと云えば、避けなければいけないと思っていること。

それは「必要だと思われるもの」を増やすことだ。

 

便利だから。

機能的だから。

古いものより新しいもの。

 

そういった理由でモノを手にいれると、

アレも出来るコレも出来る。

そうしてアレコレと出来ることが増える。

やったね。最高じゃないか。

自分史上最高のイイネ一万。

…という風には、どうしてもならない。

むしろ、、

アレコレ出来ることの方が不幸じゃね?

出来ないことはやんなきゃいいだけなのにさ。

そう考えてしまう。

 

昨晩のこと。

母親からどうでもいいメールが届いたので、

そのことを伝えてみた。

 

その回答はこうだ。

 

あんたは子どもの頃からそんなことを云ってたよ。

親は助かるけどね〜

 

昔からそうだった。

 

母親から届くメールを眺め、自分を理解した。

それではまた。

 

名倉

 

____

 

 

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