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6月13日 うな重。

 

わからないと言えますか。

わからないと言うことへの恐れ。

なにかを肯定する前に、

なにかを否定する前に、

わからないと言うこと。

私にとって、

わからないは新しい発見の端緒。

わからないと言葉にし、

友人のように共に歩めること。

必要だと思います。

 

 

くらことの大事な打合わせを終えた翌日。

ヴィレッジのスタッフ面接をし、(これが面白かった)

夕方、両親を連れて実家よりほど近い鰻屋さんへ行った。

 

私は子どもの頃から鰻に興味がなく、嫌いと云わないまでにも、

価格と味のバランスが自分の好み(価値と基準)に反する食べ物として捉えてきた。

 

それなのに。行ってみた。

そのお店だけは「一度行かねば」と思っていたから。

 

 

鰻屋さんの店の前を通るたび、いっつもお客さんで賑っていて、

こんな場所で凄いなあ…と単純な感想を抱き、

両親にそのことを話してみたら、

「あそこは美味しいらしいよ」

と云ってたので興味を持った。

 

そして先日、ようやっと暖簾をくぐり入店。

薦められるがままに注文した。

 

 

店員さんによると、

注文が入るごとにその都度捌き調理をするのでどうしても時間がかかるという。

 

正統な理由があって時間がかかるのは大いにけっこう。

その時間を待てない輩はゴーホーム。それでいい。

 

待つこと30分を過ぎた頃、

漸くやってきたうな重はタレで焼かれたものと白焼きのミックス。

 

見るからにふっくらした肉質で、

脂も程好いくらいにのっているのが伺えた。

 

割り箸でつつき、

粒がしっかりとたったご飯と一緒に掻き込む。

椀ものの肝吸いをぐいぐいすする。

うまい。ただただ、そのひと言だった。

未熟な私にはわからないを含めて喉を過ぎていった。

 

 

完食後、会計を済ませ実家へ戻ると年老いた両親はこう云う。

「まだ感触が残ってるね。」

ああ、そういうことかあ…とひとり納得しつつ、

ごちそうして良かったと思った。

 

とはいえだ。

そうはいっても、鰻が好きになった訳ではない。

 

鰻と見れば街の蕎麦屋でも飛びかかる味の5合目を軽蔑するし、

自ら好んで鰻屋巡りや鰻談義をすることもないだろう。

これからも適切な距離をとって鰻と付き合ってゆく。

好きになろうと努力をする。永年の連れ合いかのように。

そう決めている。

 

 

昨晩遅くのこと。

母親より携帯にこんなメールが届いた。

 

「お父さんがお客さんに鰻屋に行ったことを自慢してたよ。」

「来月も行く事になっている。そんなことまで言ってました。」

 

詭弁を弄するメールに対してこう返信した。

 

「父さんに伝えておいて。」

「爺さんはバーミヤ◯の麻婆豆腐だけ喰ってろ。」

「そして、胃を壊してしまえ。」

 

送信してすぐさま母親から追加の返信が。

 

「ありがとう。」

 

全然伝わってねえな。やいやい…

 

 

今週末は忙しい2日間になりそうだ。

それから随分と久しぶりに感じる雑司ケ谷開催。

どうぞお越し下さい。

 

名倉

 

 

____

 

 

*6月17日・出展者リスト*CLICK!!

 

 


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