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8月1日 コミュニケーション。

 

7年ぶりに「五味五感」を開催することになった。

手創り市をはじめて5年に初回を。

その後も5年ごと…そのように考えてきたが、いつの間にか7年経ってしまった。

今回は11月より始まり、年をまたいで静岡〜東京〜栃木と巡回することになっている。

その土地土地で、お店で、食事会をすることにもなっている。

全てが楽しみだ。詳細はまた後日。

 

 

とある媒体の取材を受け、届いた原稿を見返し感じたことがある。

 

手創り市においてのコミュニケーションについて。

あくまで私個人の意見であり、べき論ではないけれど…

 

 

コミュニケーション。

それをひと言で「会話」と捉えたら、言わずもがな大切で必要なことだと思うことに余地はない。けれど、なにより優先するものか?と言われれば、そんなことはないと思ってる。

 

手創り市という場は作った人が自ら展示し販売をするのが原則だ。

目の前にいるのは作家さんであり、お菓子屋さんであれば店主さん。

 

つくった人とその場で直接話が出来ることは手っ取り早い反面、話さなければ…と思うと一気にハードルがあがる。

これは出展者とお客さん双方に云えることではないだろうか。

 

おはようございます。

こんにちは。

あついですね。

さむいですね。

ありがとうございます。

またきますね。

 

こういった、挨拶の類いに入るものであれば、誰もが切り出しやすいし、そこに抵抗がある人はいないだろう。

ここに抵抗があるとなれば、それは単に変わってる人で済ませていいと思う。

 

けれど、その先にある「作品(商品)や素材のこと」「制作のこと」を話しかけたり聞いたりとなると、大事なことはタイミング。求めているかどうか?を気にかける必要がある。(これは主に出展者側の話ですね…)

 

私は基本、モノから入るので作品を見て気になった時に声をかけたりするし、その時々によってばらばらだ。はっきりいえば、気分。そんなものだろう。

少なくとも、作品を見たからといって必ず声をかけよう。そんな風には思わない。目が合えば会釈程度はするけれど…

 

(逆に、作品がいいなあと思って話しかけ、そこからお互いの共通の話題や趣味?などに繋がってゆくと「いやあ、場所変えて酒でも酌み交しながら話しませんか?」もしくは「あなた、いいですね。友達になりましょう。」という気分になる。初コンタクトの人に間違ってもそんなことは言えないが。それこそ変わった人になるのでね。)

 

 

届いた原稿を眺め改めて思った。

 

コミュニケーションをとることが、べき論であったり約束事のようであったりしたら、それはそれでそもそものコミュニケーションの質が下がるのではないか?ということを。

コミュニケーションの義務やマニュアル化。そんなの不要。

自分がどうしたいか。相手の様子を見ながらその時々。それでいいでしょ。

手創り市において、モノから入ることの方が無理がなく自然で居心地が良いのでは?とも。

 

出展する方々にもお客さんにも願うことだけど、会場に来たからには作品を見たからには話さなきゃいけない。そんな風に思って欲しくはない。

 

話しかけてみよう!と力が入ること、話をするのが大好きだ!これもけっこうなことで、誰にとやかく言われる筋合いはない。けれど、誰もがリラックスした状態でその場にいられることの方が、個人が守られているような気がする。個でいることを認められている気がする。

 

べき論で語るのは挨拶のみ。

そう思います。

 

 

 

 

それではまた。名倉

 

 

____

 

 


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