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7月28日 嘲笑。

 

写真は高円寺にある喫茶店、CITYさん

足繁く通う居酒屋の帰り道、意を決して入店。

私好みのお店でした。

 

 

随分前のこと。

知人との会話でこんな話があがった。

 

 

「手創り市が主催するイベントはなぜ行政の支援や後援をつけないのか?」

 

この点に関しては時折聞かれることなので、決まり文句のようにこう答える。

 

「手創り市はその場所を管理する方、団体と約束事を決め、開催をする。基本、いわゆる公園や広場などの市民に開放された公共施設を使わないので、街が市民の為に必要と判断し、その認め印となるような箔は不要。要するに、市町村の後援をつけてもらう必要がないし、誰にお伺いを立てる必要もない。場所を管理する方々との約束事さえ守れていればオッケー。反面、公共施設を使うイベントは、街(役所を端緒とする市民含め)へのお伺いをたてる必要がある。当たり前のことだけど、使いたい空間は本来、イベントの為の場所ではなく、市民の為の場所だから。税金で場所を管理し運営されている以上、煩雑だろうが何だろうがあらゆる報告義務が生まれるのは絶対に必要なことだし、そこを疎かにすることは社会の仕組みの中であり得ないでしょ。」

 

いつどんな時も、どんな方にもほぼ同じ回答をしているが、その知人はさらに面白い、現実的で正味なことも聞いてきた。

 

「例えば、市町村や地元企業などがスポンサーにつくことで運営が楽になることだってあるだろうし、もっと云えば、イベント自体に予めの信用というか、信頼度は増すんじゃないか。いや、きっと増すでしょう。何故そうしてゆかないの?」

 

それについて、こんな風な回答をする。

 

「スポンサーというのが、金銭の援助なのか、なんだかよくわからない信用や信頼を得る為の単なる名前貸しなのか、それはいろいろとあると思うけど、なんらかの援助を受けた場合、開催前や開催後の報告義務があるでしょ。その全てが煩わしいんだよね。とっても。」

 

さらに阿呆のような、云わなくてもいいことをついつい…

 

「あとさ、単なる名前貸しは単純にその姿勢がダサいじゃん。俺だったらそんな人間と知り合いたくないもん。30分お茶するのもやだね。金銭の援助を求めるのも似たようなもんだけど、お金を下さいってゆうよりも、援助してくれるだろう心ある人が『勝手に使ってください』って家のドアの前にお金を置いといてくれたらいいよね。道で拾ったら交番に届ける必要あるけど、家の前に置いといてくれれば問題ないし、見返りを求められず煩わしさもないしさ。」

 

それに対してこう返ってきた。

 

「ああ〜それいいね。それはいいや。けど、あんまり外でそういうこと云わない方がいいよ。云うんだろうけどさ…」

 

さらに畳み掛けるようなこんな質問もやってきた。

 

「まあでも、いつか街や企業とかの支援を受ける必要性が出てくるかもしれないから考えた方がいいし、その時どうする?」

 

あくまで例え話だからこんなもんでいいだろうと答えた。

 

「その時がきたら考えるけど、単なる名前貸しはやだね。これは説明不要でしょ。ダサいから。」

「金銭の援助については、お金は実際的な道具になり得るからちゃんと考えないといけないよね。お金を支払う受け取るって信頼そのものだから、信頼を軽々と受けるって俺は怖いよ。」

 

さらに、こんなことも加えてみた。

 

「完全に思いつきだけど、いろんなところから支援や協力を受けてさ、それでうまくいかなったら言い訳出来なくなるよね。言い訳するつもりはないけど、やっぱお酒呑みつつ、クダまくって気持ちいいじゃん。なんでうまくいかないんだ〜!?世の中の糞野郎!この世に神も仏もいないのか〜!ってゆうのがそもそも出来なくなるよ。世の中から支援受け取ったら、あんたは黙りなさい。でしょ。やっぱさ、基本は自主独立でやってる方がシンプルそのものだし、終わった後の言い訳という名の宴会も出来るし楽しいよ。こういう考え方は駄目かね?」

 

その後も2人のやりとりは続くのだが、たいして学ぶべきことも無いので割愛。

 

 

それは3年前のことでした。

 

とある方からの導きにより、静岡の三島のとある公園でイベントをしないか?と声をかけられはじまったイベント。

 

イベント会場となる公園は四季をとても感じることの出来る場所で、静岡県東部で生まれ育った人であれば、想い出の場所。

ここでやってみたいな・・・と思い始めたイベントも今年で3回目を終え、現在、戦後処理の真っ最中である。

 

イベントの名をVillage mishima rakujuenという。

 

行政からのいくばくかの支援(金銭)を受けるが故、開催後の報告義務を背負い、苦手なことをやっている。

 

人間というのは各々異なる得意分野と苦手分野を持つのだが、私の苦手分野はいわゆる事務作業そのもの。

苦手なものはいつまでもどこまでも苦手であり、それは回数を重ねれば出来るようになる、それとは別次元のものであり、出来るようになっても苦手意識は消えないもの。私がそうである。

 

3年前の会話で偉そうに愉快そうに気持ちよく答えていた自分は今、まさにその偉そうの対局に座り、自分を嘲笑い呪詛を唱えながら報告書をつくっている。

 

 

窓の外を眺めると、めっぽう強い風と雨がふいている。

明日には晴れるようだが、私の心も晴れるといいなと神頼み。

 

 

それではまた。

 

名倉

 

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