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10月23日 無題。

 

 

写真と本文は関係御座いません

 

今週はとある展示会の撮影で静岡へ。

そして、週末は2020年「ヴィレッジ三島楽寿園」始動の一日なのであります。

けっこう大事な一日なのでしっかりと準備して臨みたい。

 

 

時折言われる。

 

「おまえはどうやってインスタグラムなんかを投稿してるのか?」

 

通常、このような質問は不可解、もしくは失礼な部類に値するが私の場合はそんなことはない。

いつも(なぐら)の投稿は遠隔操作で投稿してもらっている。

理由は簡単。ガラケーだからだ。

 

なぜガラケーを使い続けているのか?

それは私の携帯が頑丈だからだ。

 

知る人ぞ知る、あのG-SHOCKを模したガラケーを15年以上使い続けている。

G'z Seriesのことだ。

 

私にとって重要なのは壊れないこと。

 

デザインがどうの。

機能がどうの。

写真がどうの。

あれこれどうのこうの。

 

大抵はどうでもいい。

 

あくまで道具は道具。

それがなければ困るのであれば、私の方が道に具わる理屈にあわせるから。

という風に単純なのである。

あとは、人間と同じで、頑丈であればいい。あとはこっちでどうにかする。である。

 

ほか、生活する上で「必要なもの」は増やしたくはない。

当たり前のことだけど、必要なものはなくなると困るからだ。

実はこれが最も根深い理由かもしれない…

 

ガラケーをスマホに変えた瞬間、大抵の場合、携帯電話の為の携帯充電器を持つハメになる。周囲の多くがそうだ。

しかも、場合によっては、電話よりも大きく厚く重い充電器という場合もある。おかしくないか?

仮に、携帯より小さなものだとしても、必要だから持つしかないのである。

どっちが使われているのか? 携帯>私。そう、考えてしまう。

 

とはいえ、インスタグラムの投稿すら自分で出来ないので、他の方にお願いをし、投稿してもらっているのである。

この点、全く以て迷惑千万。ただの甘えである。ごめんなさい。

 

ガラケーからスマホへ。

 

時代の波に取り残された人間としては、今更どうやって波にのればいいのかわからない。

なにがわからないかもわからない。そんな状態だ。

 

とはいえ、ケータイ会社は私のような輩を放っておかず。

救いの手を差し伸べるようとする。

 

毎週届くケータイ会社からの電子メールにはこう書かれている。

 

「スマホ講座は3回無料にしてやる。いいからとっとと来い。馬鹿が。」

 

時折届くハガキには、まあまあ大きめの文字で「スマホ講座を無料。シルバー割りもあります。」的なことが書かれている。

まるで老人扱いだ。

 

ガラケーからスマホに変える条件として、、

 

◯携帯より大きな(間抜けな)充電器を持ち歩かなくてよい。

これは意外とクリアーが簡単そうだ。充電器を持つ事自体不服だが…

 

◯嵐の中でも、壁に投げつけても、壊れない頑丈さの確保。

ここがポイントになるだろう。あれ、繊細そうだしな…

 

この2点がクリアーできれば、今すぐにもガラケーからスマホへ乗り換えるし、なんなら無料講座を3回受けてやってもいい。

ただ、周囲のスマホさんを見ると、上記2点については、そういうことにはならなそう。

しかも、電車の中でよく手からすべらせて落としてるしね。こんにゃくかっての。

拾い上げて、画面見て、スリスリだって。犬や猫じゃあるまいし。

 

いつだって乗り換える準備はできている。

いつだって救いの手に乗る体勢はとれている。

でもなかなかやってこない。

 

わたしはここにいる。

あいむ・ひあー。

 

そう、毎日心の中で叫んでいる。

 

潮時なのはわかっている。

わかっているのに変えられない。

困ったものです。

 

名倉

 

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