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アトリエ訪問 【ツグミ工芸舎】

今年最初のアトリエ訪問は埼玉県秩父のツグミ工芸舎さんの所へ行ってきました。
今回はアトリエ訪問ライターのうえおかさんと今年1年かけて手創り市のサウンドトラックをつくってくれるユキシュンスケくんも一緒に。
そこは携帯は圏外、そして飲用水(生活水)は沢の水、という私達とはちょっと違った環境。しかし、ツグミさんはその環境を全面に押し出す訳ではなく、あるものでやってます、という姿勢がベースにある方たちだなというのが改めてわかりました。
勿論「あるものでやってます」はそのままやってるだけではなく、自分たちの面白いこと、琴線にふれることに対して工夫しながらやってるという事ですね。
毎度とっても長いですがご覧ください。

・・・・・


*名・・・名倉、ソ・・・ソイ、オ・・・オキムイ、植・・・植岡、も・・・もっちゃん

名:今回のアトリエ訪問はツグミ工芸舎さんです。アトリエ訪問はアトリエのことを聞くって事もありますし、作家さんの考え方を聞こうっていう事で、お願いしてます。
では、まず最初にツグミ工芸舎の名前の由来、まぁ、ホームページに書いてありますね。で、このアトリエ訪問は、基本的にネット環境のある方が読むようなものなので、そこが困ったものなんですよね。何でかって言うと、その環境にないと読めない、というのが自分自身やっていてつまんないなぁって思ってます。そこは今後どうにかしたいですね・・・まぁ、それはさておき、由来についてと、お二人でやってて、ソイさんとオキムイさんですけど、これ本名じゃないですよね?
由来と名前の意味を、自己紹介を兼ねて教えてください。
ソ:「ツグミ工芸舎の「ツグミ」っていうのは、トラツグミから頂いてるんですよね。夏の夜に、夕方から朝迄ずっと鳴くんですけど、ブランコが揺れるみたいな、ピー、ピー、っていう。こっちの方からピーって鳴くと、どっか別の山からピーって返す、 それをずっーとやってるんですよね。一晩中。それを「ヌエ/鵺」っていって、妖怪だとか、訳のわからない動物ってことで、怖がられたりして嫌がられたりするんですけど、自分たちは神秘的な、気持ちのいい音だなと思って、「ツグミ」っていう名前を頂いたんですよ。最初は、「ヌエ」をそのまま使ってたんですね。「工房ヌエ」みたいな感じで」
名:おー!全然違いますよね?
ソ:「ちょっと毒々しいのと、ウケが悪いんで」
オ:「音的にも、ヌエっ!?ヌエっ!?って。で、N・U・E」
名:「ローマ字にするとかっこいいですね」
オ:「そうですね。 NU(ヌー)みたいな感じで。その時は、(ソイが)勝手に決めて、勝手にやって、私はなんにもタッチしてない状態だったんですけど」
ソ:「で、NUEでしばらくやってたんですけど、どうやってやっていいかわかんないし、手創り市とかそういう売る場所のこともあんまりわからなくて、それで、どこで売ったらいいんだろうって色々探してて、で、こういう市があるって知って、それで名前変えたんです。なんか、ちょっとね、響きっていうか、イメージが強過ぎるかなって」
オ:「さっき言ってたNUEは、何の店っていうか、何をしたいのかがわからない。で、工芸舎っていうのを付けて、木工にこだわる訳じゃない、ここでできる何かを作って発表する場所ってことで、「工芸舎」というのは名前に入れたかったんです。ヌエとかなんとか木工とかにするんじゃなくて、工芸、クラフト的なことをやる、しかもこういう場所があったっていうか、利用してやりたいな、ということがあります」
ソ:「木工って入れなかったのは、木工だけじゃないこともどんどんやっていきたいっていうことで、入れなかったんですよね」
名:始まりは木工で、やっていく過程の中で広がればという…。
ソ:「どういう風に広がるかもわからない状態で始めたんで」
オ:「NUEの時は、お客さんがいるとかじゃなくて、木工とか作ることが好きで、たまたま木が身近にある環境っていうのもあったし、木工で作れるものを作ってたら、NUEという形のものが出て来たんだけど。そうじゃなくて、もっと人に見せるとか、買って頂くとか、もっとちゃんと仕事としてやっていくならばという気持ちを込めて名前を変えたというか。お客さんとか聞いた人が、漠然とでも、どういうことをやっているか、わかるような形、で「ツグミ工芸舎」」
名:今のお話聞いて、外に出てく為に、自分たちが伝えたい事をより明確に伝える為に、その中で名前を変えることが自然と沸き上がったという感じですかね?
オ:「そうですね。NUEじゃわからないし。あと、名前ですごく大事なところがあって、とにかく日本語にこだわりたかったんですよね。
例えば、工房アップルとか、アップルは 英語でリンゴって意味ですとか、そういうのはしたくなかったんですよ。外国語じゃなくて聞いたらみんながわかる意味のものに。
例えば、私たちはアメリカに住んでたころに今していることの原点があるので英語でていうのもあったと思うんですけど、突拍子もなくフランス語で「ツグミ」にしても、自分たちに関わりがないというか、おしゃれだからとか、響きがかっこいいからとかだけで屋号にはしたくなかったんです。どこかしら自分達と繋がる背景を持つ名前にしたいなと。選択肢の中では、日本語の中にある名前にしようというのは、こだわりとしてありましたね」
ソ:「英語にしたり、フランス語にしたりっていうのは考えてなかったですね。
話はずれるんですけど、静岡の手創り市で、企画ブースの話を貰った時に、誰かと一緒にやりたいって思ったんですね。SAWaKiさんとかえでさんは、日本の、わかる名前で作品を売ってるので、そういうところもすごくいいなと思って、共感があってお声を掛けたんですよね」
名:ではソイさんオキムイさんも日本語から来てるんですか?
オ:「ソイ、オキムイはまた別なんですけど(笑)」
ソ:「ソイの方は、絵を書いてた時に使ってた名前なんです。それをそのまま使ってるんですけど、SOIって書くんですけど、大豆がSOYなんですよね。SOY とか、大豆、SOYMILKとか、英語の中では東洋の響き、東洋のイメージする音なんですね。それで、自分は最初SOYでやってたんですけど、絵描き友達が最後のYはIにしろって言って、それでIになったんですね。それをそのまま木工をやっているときも使っているんですけど、何か作って表現するときは、 SOIでやろうって」
オ:「90年の初めにアメリカ南部の田舎にいた時に同じ寮だったんですね。学校の寮、そこがソイとの出会いなんですけど。外国の方は日本名を憶えにくいみたいで、読みづらいみたいで。そういうのがあっ て、絵を描いて憶えて貰いたい部分もあって、SOIってすごく言いやすいとか、SOI って 言うのはぱっと憶えてくれるんだけど、私の名前YUMIKOなんていうのは、ずっと憶えてくれなかった名前ですよ。YUMI までは憶えてくれるんだけど。そういうのがあって、ツグミ工芸舎で木工をやってるけど、ソイは小さいときから絵を描いたり、作る方のことを ずっとやってて、作るってことでソイなんだよね? 日本語ではないんですけど」
名:芸名っていうよりは、アーティスト名、おんなじか。わかりました。
ソ:「オキムイの方は言ったの?」
オ:「あはは。面白くないから。オキムイは……。言うんですか? オキムイもアメリカの時から使ってたんですけど、それで写真を撮っていた訳じゃなくって、ネット上で自分が皆さんに伝える名前、そういうのなんていうんでしたっけ?」
名:ハンドルネーム(?)
オ:「チャットじゃなくて何て言うのかな?」
植:「パソコン通信じゃないですか?」
オ:「そういうのですね、で、本名じゃなくて自分のことを何と言おうかと。
日本語でも英語でもそうなんですけど、回文ってあるじゃないですか? 上から読んでも下から読んでも一緒っていう。そういうのが好きなのと、逆さから読んだ言葉が気になるタイプだったんですね。
英語でも反対から見てみたらこういう音 になるなって。で、YUMIKOの反対はOKIMUY(オキムイ)なんですよ」
名、植:おおーーー!
オ:「それで、OKIMUYのYだったんですけど、YUMIKOで。でもソイがIだから私もY をIにしたんです。それで、自分はオキムイですとか、オキムイは、 とか言って、話す時のツールとしては嫌なんですけど、あくまでネット上で自分のことを知って貰う時は、オキムイでやろうかなっていう感じで、普段こういう風に会っている時に、オキムイさんとか言われると、すごく恥ずかしかったり」
名:僕も言い辛いですね(笑)
オ:「たまにオキムイさま宛でメールとか配達物が来るんですよ。恥ずかしいけどちょっと嬉しくもあるんですよ。ツグミ工芸舎やってから、知り合った人とかで、お客さんとかで、そういう感じです。でもよく「オキムイって何ですか?」って聞かれます。
沖縄の人なんですか?とか言われます」
名:そういう語感ありますよね?
ソ:「日本人なんですか? とかね」
オ:「まぁ、そんな感じなんです」





名:では、次の質問ですけど、このアトリエ、家とアトリエがあってそれぞれが別々ですよね? で、そもそもアトリエはいつから持つようになったかというのと、そもそもなんで秩父なんでしょう?
ソ:「前、S市の方に住んでたんですけど、その時は六畳位の部屋があって、そこを自分は作業場ってことで、色々作ったり、絵を描いたりして使ってたんですけど、なんかそこに住んでいるのがすごく狭いっていうのがあって。畑とか興味あって、畑仕事とかしてる時に、住宅街で、男の人がいないようなところで、自分だけ自転車押して畑に行ったり、家でごそごそなんか作ってたりっていうのが、すごい居心地が悪いなっていう、自分が早くここから出たい出たいって言って、それで一緒に色々探し出したんですよね。秩父はS市からそんなに遠くないし、田舎物件は結構あるんでちょくちょく見に来てたんですよね。でも別に秩父じゃなくっても良かったんですよ。どこでも良かったんですけど、何回も見に来れたのと、ここは紹介してくれた不動産の人が、ネットとかで公開する前に、買いそうな人だけに手紙を出して見せてたんですね。で、ここに夏に来て、ものすごい緑に覆われていて、でかい家があって、蔵もあったんですよね。あぁここいいなぁって思って。携帯も入んないし。水道も来てないし。こういうところいいなぁって。土地も広いんで、色んなもの作るには、もってこいだなと思って、それで決めたんだよね。簡単にいうと。だからどうして秩父かっていうのは、別に秩父じゃなくてもよかったんです」
名:巡り合わせですね。
オ:「縁があった」
名:それから何年目ですか?
ソ:「引っ越して来て六年目かな?」
オ:「2004年の秋に、住民票を移しましたっていう、年賀状がこの前出てきたんで。七年目ですかね?」
名:その後家をちょこちょこいじりながら、改装しながら?
オ:「最初はこのまま住んでたんですよ。このアトリエのここの部分に洋室とベッドがあって、ここでみんなで寝てたんですけど。お風呂もキッチンも使ってたんですね。だけどその頃に色々不動産とかに相談したら、ちゃんと住むように改装・リノベーションするのはめちゃめちゃお金がかかるのと、その予算がなかったのと、古民家だから、直し直し住んでいくものだから、ちょっと無理かなぁって思い始めてた時に、下の子を妊娠したので。 で、ここで寝てたら、朝起きると布団がぱりぱりになる位、寒かったんです。ようするに、壁一枚のところで寝てたんで。それじゃ、赤ちゃん死んじゃうなぁって思って。
これはもう建て替えてっていう。で、一部だけ残して貰って。本当は建て替えする間、アパートとかに移って欲しいって言われたんだけど、(工事を)手伝うからというのと、見たかったというのがあってね、すごい作るのに関わって。庭にも、昔そこが牛舎だったんですよ。牛を飼ってたらしく、その関係で、干し草のサイロが四機あったんです。で、うちがここに来る前に八年位空き家だったらしいんですけど、バブルの頃に出稼ぎの外国の人の寮みたいになってたんだって。だから、わからない言葉の新聞とか雑誌とか、食品とか、瓶とか、訳わからないものがいっぱい捨ててあって。最後に、旅の恥はかき捨てじゃないけど、どうせ自分たちはこの国の人じゃないからって、ゴミが全部入ってたんですね、サイロに。それを、出すのもやって」
ソ:「分別したりして」
オ:「そういうのがあって、いちから全部壊して作ろうってことになって、私はペンキ塗ったんですね。それはやっぱり自分たちが全部作った訳じゃないんですけど、ここには、こういうものを使って欲しいとか、部屋の設計とかを考えながらやったんですけど、そういう形で新しいお家に住もうという形になりました。梁とかそうなんですけど、こっちで使ってた梁とかも向こうに移して使ってもらって、名残は残したいっていうのはありましたね。今使用している古材も、この家を解体したものからが多いんです。で、もともとアメリカいる時とかも、日本と環境が違うっていうのもあるんですけど、スタジオを安く借りれたりとか、ちょっと町から離れた辺鄙なところで、アーティストばっかりいるようなところで、スタジオで大きい絵を描いたりとかできてたんだけど、それが日本に帰って来てできなくって。S市に移った時に、六畳の部屋をアトリエにできたんだけど、やっぱり普通のお家なので、大きい絵は全然かけないし、ホントに住宅街だったんですよね、で、近所の奥さんたちが「あら、そう言えば、ご主人が笛吹いてたわよね?」 とか言われるんですよ(笑)笛吹いてたのはわかるけど、なんでご主人までわかるんだろう? 私かもしれないのに。そんな風に、わかってるとか、見えるとか、そういうのが嫌だったんですよね、ちょっと。
ホームページとかにも書いてあるんですけど、6年程は生活の中心も住んでる場所もマンハッタンの中にいて、私はですけど、嫌になっちゃたんです。すごく、街の中というか。
セントラルパークとかはあるけど、日本に帰ったらすごい田舎というか、自然のあるところに住みたいなと思って帰って来たんだけど、やっぱりぱっと吹っ切れないとかもあったし、仕事もあったんで、その時写真をやっていて、東京へ通えて、都会が中心でっていう、中間地点に落ち着いたんですね、それがS市。 田舎に行くにもいいけど、都会にも出やすい。そうしたらそういう中途半端な感じになっちゃって。そしたら今度は中途半端が気になりだして、だったらとことん田舎がいいけど、行くなら、むちゃくちゃ辺鄙なところに行こうと、物件を見せて貰ったんだけど、辺鄙で予算に見合うところというと、リタイアの夫婦が時々だけ来るような別荘地が多くて、家族で普段の生活をするには小ちゃいお家で崖に立ってる感じなんですね。その時、上の子がまだ三歳とかで、家は下が崖で玄関みたいな。ちょっと危ないし、どうしようかなぁって。で、さっきのソイの話なんですけど、一回辺鄙なところがいいって本気で見に来た人に、本当に辺鄙だから、広告打つ前に本気の人にだけ見せるっていう物件で、実際見せてもらってここになりました。ここは平らな所が多くあったんで、そこが決め手になったんですけど。岡山とか北海道とかもネットで見たり、東京駅のすぐ近くに、なんとか会館って、ちょっと名前はわからないんですけど、色んな地方の県の人とかが来てて、I ターン、U ターンを斡旋するブースが入ってるビルがあって、そこで資料を見たり、相談に行ったりもしたんですけど、S市の近くに母がいたこともあって、秩父が見やすかったんですよね。
で、秩父は都会からそんなに離れて ないので、いいなって感触は前からあって、それもあって秩父にしました。だから、どうしても秩父に来たかったという訳ではないです。
あと、当初は「田舎暮らし」とかなんとなく言葉に出てくるような時期だったと思うんですけど、そういうのを聞くと、よそ者は必ず地域の人とうまくいかないだとか、絶対親戚とか誰か知り合いがいた方がいいとか、そういうことは聞いてはいたんですけど、全くそれは気にならなかったんですよね。どこいっても何かあるし、どこいってもやっていけるなって気持ちはあって、だから特に場所にこだわりはなかったんです。それで、流れ的にここになった感じです」



名:次の質問です。このアトリエ、第一、第二、なんですよね?
ソ:「別れてやってますけどね」
名:広さは大きいなと思うんですけど、どの位の広さがあるんですか?
ソ:「ここで、12畳くらいあるかな? ここだけで。向こうで、大きな木を切って、ホコリが出るんで、向こうであらかた、型取りして、こっちで加工って感じでやってるんですけど、塗装こっちで、ホコリがつかないんでやってるんですけど」
名:そのアトリエで、作業工程に分けてやってるということなんですけど、普段、アトリエでどんなことを考えて作業をしていますか? というところなんですけど、これはもうホント、作品の事とか、これからのツグミ工芸舎のこととか、絵を描かれているというのもあるので、そういうことも含めて、聞かせて頂ければと。
ソ:「結構いろんなこと、子供のことだったり、自分自身のことだったり、家族のことだったり、ツグミ工芸舎の売り上げのことだったり(笑)、お客さんのことだったり、色々ですけどね、畑やってる時なんかは、次何蒔こうかなとかそういうこと考えたり、今、こういう木を買わってこないで古材とか使って作っているってことで、環境に関する事はよく気にして考えています。住んでみると採石場も民家ぎりぎりのところ迄削って来てるんですよね。今日は日曜日なんで音は聴こえないんですけど、 ダイナマイトで崩して、石を取って、この地域の人は生活してる人が多いんですけど、そういうこともよく考えますね。自分たちが生活していく上で家を作るんだったら、土台の下に、ゴロ石を敷いたり、高速道路作ったり、道路を作るときも、石を敷きますよね。
石は必要なんですけど、その人間の生活が便利になるために、山が削られて、動物とか植物とかが住む場所が奪われてる訳ですよね。そのことはすごく残念ていうか、自分自身の生活も便利になる事は嬉しいんだけど」
名:便利ということを、そういうことも含めて便利になってるってことを考える。それに対して自分自身直接こう、何かアクションを起こすとかじゃなくて、サイトを見ていても、作品を作っている姿を見ていても、ブログ見ていてもすごく思うんですけど、直接的なアクションより、自分たちが考えて、感じてることを木工作品だったりに込めてるのかぁっていうのは、すごく感じますね。ものすごく声を大にして、錦の旗を広げてとかではなく、大それたことではなくて、自分のできる範囲で。
ソ:「そうですね」
名:逆にその方が伝わりやすいかな、というのはありますね。仮に自分がそれを感じて受け取ったとして、できないにしても、すごくわかるというか、ツグミさんがそういう考えてやっているんだったら、応援したいと思うし。自分がやるじゃないにしても。それが僕すごく、ツグミさんの良さかなって思いますね。
ソ:ラワンのことをブログに書いたんですけど、大量に日本に輸入して、向こうが裸になっちゃう位、切っちゃった訳ですよね。で、乾燥して、山火事が起きるってことが何度かあったみたいなんですね。それを考えると、ブログにも書きましたけど、ホントに、安い、便利だからっていって、それに乗っちゃうと、片一方で悲惨な状況が生まれるんだなぁって。でもあんまりそういうこと、このラワンはそういうストーリーがあって作ってるんですよ、って売るときにあんまりいうと、お客さんも買い辛いっていうのもあるんですよね」
オ:「そういうことが好きって言ってても、コンピューターがあってネットを使ってる環境にいたり、あとIH使ってたり、車乗ってたり、完全にエコとか環境がどうとかって言っては生きていけないというのは、すごくわかってるってというか。だから地球にいいこと!という風には言えないし、言いたくないし、それでいいのかなって思って。だけどやっぱり、気が付いたことは、言うとか、それはありなのかなって」
名:それはすごく感じますね。
オ:「よくおもちゃとかを木工で作ってる人で、批判するとかじゃないけれども、木の手触り、温もり、子供に自然のもの、環境にいいもの、というのが謳い文句みたいになってる世界が多分あって、木のおもちゃだったら子供にいいんだよ、とか、そういうのは嫌なんですよ。木だからいいとか、木が一番いいとか押しつけたり、環境にいいから一番いいんだよって推すのは、すごい嫌だなと思って。
名:それすごくわかります。オモチャじゃなくなってますよね? 木もいいし、プラスチックも面白いとか。
オ:「そうそう。その辺が、ここに住んで、こういうことやってると、こういうこと(環境のこと)しか考えてないってなりがちだと思うんですよね」
名:でも、そんな訳いかないですよね?
オ:「そういう訳にはいかないし、そういうところでいうと、ベジタリアンというか、そういう事にガーって気にしてたことがあって、納豆ひとつでも、カルフォルニアの契約農家産の納豆を、自然食屋さんでしか買わないとか、そういう風になってた時があって、肉は食べないとか。
でもその時におかしいなって思って。マンハッタンに住んで、セントラルヒーティングっていう、トイレでもどこでも、誰もいないところでも、真冬にすごい暖房を効かせるっていうのがアメリカの一般的な暖房システムだから、めちゃくちゃ無駄を誰もいないところにかけてるのに、高いお金をかけて納豆とか食べても、動物はかわいそうって言っていても、それを食べて人間は生きているんだし。理屈なんですけど(笑)」
名:それはもうギャグですね。
オ:「そうなんですよね? それがすごくおかしいっていうか、徹底するっていうか、いっこ道を決めて、この道何年っていうのもすごいんだけど、自分はベリタリアンですってことを看板にするとか、 環境にいいことだけをやってますとかが危険だなと思ったんですね。で、今一番思っているのは、多様性とか、選べるものがある生き方がいいなっていうのがあります。自然食しか食べないの、という人がいますが、例えば一緒にご飯食べにいっても、肉は食べないとか、それは自由 だし、本当に嫌いとかアレルギーがあるのならそれは当然なんですが、でも自然なことが好きだから、、とアピールしている、そういう人がすごい茶髪だったり、すごいお化粧をしてたりするのが、私はよくわからないんですよ。
それは自分から見たらわからないけど、自分がこういうところにいて、沢水飲んでます、古材使ってます、材料買ってないです、って言っても、車乗って、IHとか使ってたらそれはさっきの「ギャグ」と同じじゃんって思っちゃったりして。だからそんな徹底的にやる必要はないし、できることをやる、という感じでいろいろやれたらなと思っています。ただそこで、最初に言ったようにネットとかでなければ、うちは誰にも知って貰えないんですよ。お店もないんだし。ネットでホームページ を見てくれる人がいて、興味を持って頂く方がいるので、広がって行きつつある部分があると思うのですけど、それはこの現代的なものっていうか、頼ってる訳だし、かつ、私たちは口で上手く伝えるっていうのがすご く苦手なので、それをホームページでは逆に使ってるんですよね。プロフィールとかあんまり載せてる人っていないと思うんですよね。逆に避けてる場合が多いかなと。でも結構細かく書いているのは、そういうのがあって、今こういうことをやっているって言うのが、 伝わればと思ったんですね」
名:そこから読み手に任せるってこともありますよね? 拾ってくれというか。
オ:「ホームページを見て、知ってくれてるのかぁ、そういうところを見てくれているのかなぁっていう期待を込め、書いてい るところがあります。ホームページが説明的っていうか、プロフィールも、由来とかも、あんなに書かなくてもいいのかな? って思ったり。すごいシンプルでいいホームページ の作家さんとかもいるじゃないですか? 殆ど言葉がないような。そういうのもいいなとは思うんだけど、うちの場合は、私たちがうまく伝えられないから、文字を読んで汲み取ってくれる人に理解して貰えたらいいなってところを使ってるっていうか、環境とか子供の為とか地球の為とかっていうのを全面的に押し出すような風にはやりたくない、という感じですね」





名:植岡さんの方から何か質問はありますか?
植:いや、僕が質問しようとしてた事が、さっきの話で出て来てたので、今は大丈夫です。
名:じゃ、重複するんですけど、サイトに色々具体的というか、色々なことが書かれてあって、こんなことしているとか、こんな経緯でとか、すごく伝わると思うんですよ。それがすべてではないというのはもちろんわかるんですけど。目指すものとして、「Think Global,Act Local」があって、これについての考えを聞かせて貰いたいっていうのと、具体的な埼玉の木づかい運動に関わるようになったきっかけ、これもホームページに書いてあるんですけど、でもホームページに書いてあることって、かなり整理されるじゃないですか?実際、整理されてる事ばっかじゃないと思うんですよね。そうしたディテール、個人的な気持ち等も含めて、この二点聞かせてください。まず、「Think Global, Act Local」。
ソ:「その言葉は僕じゃなくて、ユミが書いたんですけど(笑)」
オ:「書いたのはね。でも、そういう気持ちでやれたらなっていうのがあって。
さっき言ったことと繋がると思うんですけど、自分がいいと思っていることだけを押し付けるじゃなくって、あと、ここの人たちがよければいいんだっていうんじゃなくって、今自分がやってることが、ささいなことなんだけど、もっと大きいところを見ていけたら良いなと。すごいそれが私の個人的にそういう風にしたいというのはいつもあるんです何に関しても。俯瞰の眼っていうか。鳥目線な風にものを見ていきたいなって思ってます。子供の時から今まで親戚や兄弟が海外で生活してたりで、そうすると、今、あっちは夜だから電話できないね、とか、こっちは夏だけどあっちは今雪だってさ、というのが環境にあったのも、そういうことを意識するきっかけだったかもしれないです。あと、写真をわたしは仕事にしていた時があって、仕事にする前までは、写真を撮るってことが、景色がきれいだから景色を撮るとか、今日は誕生日だから、ケーキと植岡さんを撮るっていうのが、一般的だと思うんですよね。被写体やメインがあって、でも写真の仕事をしてから、(写真を撮る人の)皆さんがそうだとは思わないんですけど、私は、写ってる全部がすごい気になる。ちょっとでも自分が写したいものじゃないものが入ったりとかすると、全部気になるんですよね。撮りたいものが一個あるんだけど、後ろに写っているものとかもあって、それで完成するというか、すごく写り込むものに、細かいところまで気になるようになっちゃって。自分の子供とかいっぱい撮ると思うんですよ。お母さん達って普通に。でも私はカメラとかで仕事をしてたのに、(そのわりに)撮らないんですよね。遠足とかそういうのとかは。それはなんかね、一緒に楽しめないから。遠足とか、運動会とかが。写真を撮るってことになると、写真を撮ることにとらわれちゃって一緒に走って楽しんだりとかできなくなっちゃうんですよ。」
名:それはわかります。楽しいところに子供連れてきますよね。僕は子供いないですけど、その時に、親って楽しいと思われる対象の前で写真を撮ったり、そういうことをしたくなるんですよね?
オ:「ええ」
名:でも写真を撮ることなんかよりも、今せっかく行った場所で楽しんだ方が、すごく大事だと思うし、結局、そういうものしか、記憶としても体験としても残らないと思うんですよね。
オ:「この辺にはないけど、大きい幼稚園だと、親が、朝五時とかに来て場所取りするんですよ。ビデオとか。そういうのが、愛情と言えば愛情なのかもしれないけど、私は出来ないなぁって思って。
それで今ホント楽しいのかなって思っちゃって。多分、後から見て、ああこういうのあったね、っていうのがあると思うんですよね。私たちは撮らないから。だけど記憶にあればいいんじゃないかなっていうのと、その子と楽しめればいいのかなっていうところがあって、ホントに全然写真を撮らなくなっちゃったんですよね。自分も一緒に参加するような生活の一部、家族が成り立つ上での行事的な一部としては、沢山の写真やビデオに残すことは控えようかなと。それが作る方とかでも同じなんですけど、一歩引いて全体を見てみると、見える事があるんじゃないかってところがあるっていうか」
名:その広い視野や俯瞰で物事を見たり聴いたりというのがありつつも、行動はシンプルに。
オ:「そうです。そうありたいです。」
名:目の前にある今やるべきことややってみたいことを、無理なくやってみようと。
オ:「そうですね。だからこういうところにいなきゃ、古材を使ってやるとかはできないことなんで、わざわざ言う事でもない訳なんですよね。「Act Local」とか。だけど本当にあるからできて、あるからやってる。わざわざ買いに行ってまで古材を使おうとは思っていなかった。自然にあったもので作る。土地にあったもので。縁があった場所で手に入るものを使って、なんか作ってる人がいるんだってことを知って貰ったりすると、そういうのを共感できる人がいれば嬉しいなと思うし、なんかそういう感じなんですよね」



名:はい、じゃ次に、埼玉の木づかい運動応援団について。参加するきっかけ、想いとは?
オ:「それも私がきっかけなんです。さっきの話と似てるんですけど」
名:繋がってるのはわかりますよ。すごく。
オ:「ここのように木や山が多く、都市から離れたところで生まれ育った人は、ここがいいところだとは全然思ってない人が多いんですよ」
名:それはその通りだと思いますよ。当たり前になってるんですよね?
オ:「当たり前になっちゃってるから、だけどここに(木や山が)あって、この環境に住んでて、同じ物 が手に入るじゃないですか? 木とかある訳じゃないですか? それを使って、例えば都心の人とか、秩父とかじゃない人に喜んで買って貰えるというのは、「Think Global, Act Local」に繋がるというか。その、悪いところじゃないんだよっていう、地域の人にもわかって貰いたいというのがあるんですよ。で、埼玉の木づかい運動っていうのは、日本にはこういう場所はいっぱいあるけど、杉の木とか放置されてる山とかいっぱいあって、不便でみんな出ていっちゃうんだよって言って、ほったらかしてる訳ですよね。過疎地になっちゃって、若い人はいない。この地区でも私たちで一番若い。これが今でも、杉花粉とかですごい大変なのに、このまま放置したらいなくなっちゃうんですね。ほっといていいのかな? って。目の前が杉とかの山なんで、せっかく木工っていうので仕事というか、発表する形になってきて、木と縁があって、そういうところで、新聞を読んでたら、ウッドスタートとという制度ができたって出てたの。木の机とかを幼稚園の子供たちに使わせようっていう動きが始まったって出てたんです。埼玉県のホームページを見てたら、そういう木を使った動きみたいなところがあって、やってるんだ、って思って。でもその時は、木づかい運動のことは知らなかったんですね。埼玉県庁の上田知事さんの、質問 があれば、なんでも全部見ますから送ってください、っていうようなことが載っているのを見付けたんでメールを 書いたんです。今思ってるようなこと。今言ったようなこと。自分たちは埼玉出身じゃないけど、私は埼玉で育ったこともあるんで、椅子とかを作って使って貰うって いうのを新聞で見て共感しましたと。で、自分たちもこういう環境にいるんで、間伐材で作った椅子とかを幼稚園に渡すことにとても同感しました。で、そういった関わり方で、自分たちは椅子とか幼稚園に作ったりしている訳じゃないけど、箸とか作って、地元の小学校の新入生にプレゼントしたりやってます、 ていうのを書いたんですよね。うちはたまたま自分ちにある木を使ってできてるんで、それをやってるけど、それも埼玉秩父の木であるので、こういう人もいます的な感じで書いたんですよ、色々。そうしたら、すぐ返事が来て、なんかすごいホームページとかを見てくれたっていうのがわかる内容だったんですよね。で、すごくいいですね、みたいに書いてくれて、埼玉には木づかい運動っていうのがあって、別に何する訳でもないんだけど、埼玉にある木を使って、そういうことをしている動きを広めていく、ただそれだけのことみたいなんですけど、それは誰でも参加できるのでぜひやってみてくださいみたいな返事だったんですね。それでそのまま申し込んだと。」
名: 何かをしようとかではなく、考え方とかに賛同して、自分のできることをやってみようっていう、それも結局、「Think Global, Act Local」の考え方と繋がる部分はすごくあるなと話を聞いてて思いました。
オ:「その言葉も一人歩きじゃないけど、ロハスみたいなくくりで使われてる部分があるんで、どうかな? って思ってる部分があるんですけど、どうですか? ちょっと気恥ずかしいでしょ?」
ソ:「ふふ」
名:あと、なんかひっかかるっていうか、何だろうとは思いますよね? その言葉によって、中にはやらしいなとか、ずいぶんおしゃれだなとか思う人もいるかもしれないですけど、ちゃんとホームページ見ながら、考えて、そういう言葉を見付けると、なんかあるんだろうなって僕はすごく思いますけどね。とは言え、自分だったら恥ずかしいなって(笑)
オ:「うふふ(笑)」
名:すみません(笑)正直な話。
オ:「そうなんですよ。あそこのページねぇ。何回か外してみたりとか」
一同:爆笑
名:外しては載せ、外しては載せ(笑)。



名:では次に、これもホームページから気付いたことですが、昨日一晩、僕らはお邪魔させて頂いて、話をさせて貰って、すごく感じた事っていうのは、お二人とも行動はすごくシンプル、自分の考えたことを創造しつつ、色んな試行錯誤をしながらやってるってことがすごくよくわかるんですね。それと「言葉」についてですね。
昨年、ツグミさんの個展を拝見して、会場にあるちょっとした言葉の説明とかいいなって思ったんですよ。言葉がこう、単純な説明文であったり、、こっちにこういうものがありますよっていう、そういうものなんですけど、でもその書き方が すごく、変に親切でもないし、もちろん命令口調でもないし(笑)、僕はちょっとひっかかったっていうのと、あとアトリエ訪問に来る前に、改めてブログを見返したんですね。それでツグミ工芸舎さんお二人は、言葉をとても大切にしているっていうのもあるし、慎重というか、ちゃんと選んで咀嚼して使ってるって感じました。
例えば、ソイさんで言うのであれば、文章を引用しますけど、
『同じ地区の古民家が解体されることになった。先日、下見に雨の中出掛けた。かなり古い民家で家は傾き、床は抜け、雨漏りもポタポタ、柱のほとんどが栗で、解体を手伝うそのお駄賃として、栗の柱をたくさん頂くことになった。釘を抜き、束子でごしごし洗い、朽ちたところを落としてみよう。この古材が箸やスプーンに姿を変え、人々の手に握られる日は近い。一粒の栗が芽眼を出し、成長し、人や動物、昆虫に多くの恵みを贈り、人に切り倒され、腐らずに屋根を支えて来た。時間の染み込んだ栗の木。そんな古材でできたスプーンをまだ誰も知らない幼子が、小さな手で握りしめ、口にするとき、栗の古材は喜びでも悲しみでもなく、ただ、永い永い記録の、最後の新しい記憶として付け足すだろう』
という言葉と、オキムイさんの性格を表してるなって思ったのは、
『だめならだめで、もう良くならないのだったら、だめなことこそ良いことだ、と思えるようになりたい。ちょっとした見せ方の違いで、深く、大きく深く、伝わり方も変化する。見せまいとしていたことを見せてみると案外と落ち着き払って、他のいろいろなことが見えるようになってくる、ような気になる。返ってくることがなくても伝える。一方通行の投げかけをやめない』 、
今挙げた二つが、二人の基本的な姿勢というか、人との関わり、世界との関わりというの を僕は感じました。それが言葉を大切にしているだろうな、と感じた事なんです。実際に普段木工作品作っているのが主だと思うんですよね? その中でブログとかホームページを更新したりとか、展示に関するDM を作ったりとか、言葉ってしゃべるのが苦手だからものを作って伝えるっていうのが作家の基本だと思うんですよ、大概。でも、その 言葉とは切り離せないものがあって、その言葉に対して、どんな風に考えたりしてますかね? 伝える事とか。お二人、それぞれ。
ソ: 「自分はブログは苦手なんですね。あんまり書いてないんですけど、その時の文章はきっと、オキムイがいつもかっこいい文章を書いてるんで、自分も真似して(笑)かっこつけてみようと思って、書いたら、そんな風になっちゃったんですよ。改めて他人から聞かされると、ちょっと恥ずかしいですね(笑)やってみたら意外と格好良くできちゃったみたいな」
一同:爆笑
ソ:「言葉はホントに、伝え方が下手で、怒らせるつもりなかったのに怒らせちゃったりとかっていうこともあるんで。自分だけじゃない人に向けて書く訳で、どうしても慎重になったりしますね。その点、絵とか、音楽とか、作品っていうのは、そこに言葉はないんで、気持ちはいっぱい込めてるんですけど、観てもらった人に委ねるしかない。作品のカタログを作ろうと思っているんですけど、そのカタログには、商品の詩歌を載せようと思ってるんですね。カタログっていうと、材質とかサイズとか仕上げとか、そういう事が書いてあって、あと値段ですよね。そういうことだけじゃなくて、古材とか使ってるんで、どういう経緯でこの作品が出来たかっていうことも含めて、詩みたいなものも付けて、カタログを作ろうと思ってます。それをやるに当たって、自分でその詩を作った方がいいのか? 良く理解してくれてる人に頼むのがいいのか? は、わからないんですけど、そういう意味で作品だけじゃなくて言葉も添える、言葉の力を借りて自分たちのやってることを表現していくつもりはあるんですよね。言葉の、文字の持つ力っていうのが面白いなって思って。木工の作品とは違うんですけど、パズルみたいなものを自分は作ってて、今回手創り市の方が来られるってことで「創」っていう字をパズルで創って飾ったんですけど、日本語は象形文字ですから、形から来るパワーみたいなものに惹かれるんです。そういうものを取り込んだ形で作品を発表してけたらいいなと思って。これは作品自体で文字を作るだけじゃなくて、いろんなDMとかポスターにも文字の形の力を借りて、作品の発表をしていけたらいいかなぁと思うんですけど、文章は、ホント、オキムイが専門で書いてるんで(笑)専門の方に」
オ:「専門じゃないんですけどねぇ(笑)作るのは多分、私たちのことを知ってるけどよく知らない人は、両方二人で作ってると思ってると思うんですよ。でも、話してみれば、実際私は形作りから入ってない訳ですよね。作ってない。そこで、なんだ二人でやってるって言えないじゃん、ってなるんだけど、そういうのも含めて、一緒にやってるって風にしたいんですね。ソイは作ってる人で、ホームページはだいたい私が作ってるんですよ、ぶっちゃけた話。ソイのブログ以外の文章は、私が全部書いてるんですけど、それは私が得意だからじゃなくて、(ソイが)やんないからやってる(笑)」
名:結果的に、ですね。
オ:「そうなんです(笑)逆に私は作れないから。切ったりなんだり出来ないから。ま、分業で、私はたまたまそっちになったけど、それがやりたくってとか、好きだからとかって訳ではないんです。でもやるなら、誰が見てるかわからないものなんで、より自分たちらしい事が伝わればなってことがあって、あとやっぱり、そういう事もありつつ、仕事としてやっていかなければいけないという思いもあって、いかにアピールできるかってことは考えていて、そこでよくたくさんあるブログなりのやり方を見ていると、どうしても作って売る、いいものを作ってそれなりの値段で売るっていうのが基本で、それは基本でしかりなんですけど、私たちは歳も若くはないですし、子供もいて関係ないところなんだけど、新しいことをするには、普通踏み込まない世界だと思うんですよね? 木工で食べてくって思うこと自体が普通じゃないと思うんですよ。で、こういう環境にいて。そういうのは逆手に取らなきゃなっていう。あと、みんなと違う部分。作り手のみなさんが思ってると思うんですよ、 個性とか、みんなと違うところを出して行く、ではうちはそこも個性ってことかなっていう部分があって。作 って売る、おしまい、じゃなくて、こういうところでこういうことを考えて生きてますっていうのを伝えるような事ができるといいのかな? っていうのがあって。こういうところにいて自然がいっぱいで楽しいです、大変でした、おしまいっていう部分はやってる人はいるなって思ったし、そういう人はホントに、もっと多分ちゃんと考えてたりすることがあって、あんまり深い想いとか、批判的なことを書いちゃうと、今度、売る方にならないなっていうこととか。お店とかでもそうだけど、いらっしゃいませーっていうか、サービス的な部分をもっとみんな考えてると思うんですよね。ホームページでものを売ってる人って。そういうのをあんまりなくしちゃおうかなって思って。自分の好きな作家さんも、お客さんに結構素っ気ない人が多くて(笑)。そこがいいんじゃないかなと。だけど少しはそういうのも入れなきゃなっていうのが今のあの状態なんですね。自分なんかは、ブログは最初に、やろうかなって思った時に、どうしたいかなって思ったのは、今はそうでもなくなっちゃったんですけど、性別のわからない形の一人称にしたいな、と思ったんです。なんか女から見てとか、男から見てとかじゃなくて、理想ですけどね。そうなってるかはわからないけど。そういう風に、そういうのが入んない部分で、こういうことを思ってるって書いてて、そうしたらやっぱり、知ってる人とか見た人とかは、女子受けしないよね? とか、暗いとか(笑)」
名:それはでもずいぶんな話ですよね? 言ってくれるなって感じですね。
オ:「で、はっきり言えば木工小物って、殆ど女の人が買ってゆくから、全くお客さんに合ってないことをやってるから、やめちゃおうかなって思ったんだけど、そういうブログがいいって言って、それで買ってくれる人もやっぱりいて、それでいいんじゃないかな? って思えて来て、 今そうなってるんですけど、そうすると、沢山は売れない。誰にでも買って貰えるような人気商品みたいな、それは嫌なところもあるけれど、そうはなれないし、今迄自分たちがずっとそういう感じだったから、なんかそういう木工でやってるんだけど、ちょっと何か変な人 だよっていう(笑)」
名:今の「変な人だよ」っていうのは、そのまま書かれちゃいますからね(笑)
一同:爆笑
オ:「で、なんかこう、こうなの、みたいな感じでやってます」
名:簡単に言ってしまうと?
オ:「簡単に言えないんですよ、お願いします」



名:さっきブログで、田舎の方にに住んでる作家さん、「今日は沢ガニがいました」とか「シカがいました」とか「桜が綺麗でした」とか言うんじゃなくて、そんなことよりも、感じた事とか考えてる事とかっていうのを書きたい、それができることだったりするし、そういうことをしたい、そういう言葉だっていう。言葉を使うにも、そういう言葉の使い方をしたいというのを感じましたね。
オ:「なんかこう、お客さんに寄るとちゃらちゃらしたようになっちゃうんです。で、普段の自分は文章で書いているイメージと違うって言われたこともあるんですけど、すごい自分自身はちゃらちゃらしてる人なので(笑)文章の方は、真面目にっていうか、思ってることをちゃんと書きたいなっていうのがあって、なんかね、会って話したりすると、思ってることが言えないんですよ。うん、ちゃんと」
名:あーでもそうですよね? 会って話してて思ってること全部言ってたら大概喧嘩になりますからね。
オ:「そうそうそう! そうなんですよ(笑)その辺の案配もわからないっていうか、ついそうじゃない部分も多いし、下手な部分もあるし、本来、いつもそういうことばかり考えてる訳ではないから、そういうスタイルでやろうっていうのがあったんですよね。それは万人受けはしないけど、でもこれでいいかなっていう、それが全部なんですけど。子供とかがこういうところにいて、田舎者ってばかにされて、どうかなって思ったりするんですけど、それはそれでありで、私たちが食べれないで、一般受けしないところでやっていって、収入にならなくって、そういう親のところに生まれて、そんな中で子供たちも自分たちもやりたいことをやれたら物質的に極貧生活で死んだとしてもそれは肯定できるというか、極端な話ね」
名:たしかに極端な話ですね(笑)。でも言いたい事はわかりますよ。大丈夫です。
オ:「それでいいっていうか、今、売れたいって思ってる訳じゃないけど、ゴッホとか宮沢賢治でも生きてる間には一個しか売れなかったとか、全然売れなかったとかいうじゃないですか? 大分経ってから評価されるというか。結局そういうことが後々まで伝わる訳ですよね? そういう人になりたいって訳でもないけど(笑)」
名:すいぶん、大きく出ましたね(笑)
オ:「自己肯定しようと思って。なんかね、極端なんですよね。なんでも。私たちずっーとそうなんですけど、王道に行けないんですよね。行きたくないっていうのもあるんですけど。はじっことかズレてるんですよね。そのズレてることですごい大変だったってこともあるけど、ズレてるのが自分たちで、ズレてるところでやるのが自分たち、みんながみんな同じことやってたら面白くないし、そういうのってあり得ない事だし、色んな人がいて面白い訳で、色んな人がいるって部分でこういう人がいるってことでそれでいいって思うようにやれたらなって思ってやってる。なんかわからなくなって来ました(笑)」
植:ブログもホームページもそうなんですけど、シンプルな言い方をさせて頂くと、生きてる。言葉が生きてるんですよね。それはすごく感じていて、で、お二人の個性? 個性というか、気持ちが文体になってるっていうのはすごく感じていて、それは見ていて、読み手の僕も活き活きした感覚を貰えるというか、それで毎日チェックしちゃうんですけど。あと、今の話を伺っていてやっぱり、生き抜いている、というか、生き抜きたい、生き抜いているって感覚がすごく伝わって来ました。って、なんか微妙な空気になりましたね… …。
オ:「いえいえ、なってないです」
ソ:「というのは、切羽詰まったところまで来ないと、ああもう貯金がないとか、今月全然売れてないとか、そういう危機感がないと真剣になれないというか、そういう部分もあるみたいですね」
名:まいっか、オッケイ、オッケイみたいなところですかね?
ソ:「オッケイ、オッケイになれない部分がないと、って思うんですよね」



名:では次の質問です。これは難しいことだと思うんですけど、これから作ることをはじめる方や今作ってて、生活と作る場所を別々にしたいなと考えてる人に、自分の失敗談だったり、成功談だったり聞かせて貰えればと。もちろんこれは、それぞれ作家さん、つくり手さん、それぞれのストーリーがあって、同じようなものを作ってるって言い方は失礼なんですけど、例えそういうものがあっても、全然違うんですよね? 動機であったり、考えてることが。だから、メッセージまでいかなくても、なんかこう独り言みたいな感じで、こんなだったなぁってゆうのを聞かせてください。
ソ:「自分も木工やってる知り合いが何人かいるんで、で、一番の問題が作る場所がないってことなんですよね。特に街に住んでると大きい音は出せないので場所は欲しい、けど、お金がないとか、今やってる仕事のことがあるとか、そういう色々で踏み出せないでいる人はいっぱいいると思うんですよね。で、その色んなきっかけを作ろうと思って、いろんなセミナーとか習い事とか、いっぱいいくんだけど、結局そこで終わっちゃったり、せっかく知り合った人とも長く続かないで、また別の習い事してみたりとかして、やっぱりどっかで無理してでも踏み出しちゃわないと始まらないと思うんですよね」
名:踏み出すというよりも、踏み外さないとって感じですよね?
オ:「そう!」
名:どっかでまず滑ってみよう、と。
ソ:「絶対無理っていう、そのいっこを無視して、やっちゃわないと始まらないと思うんですよね。そのために資金を用意してとか、ってやってると遅くなっちゃったり、チャンスを逃しちゃったりってことがあると思うんですよね? 自分たちも年齢的にももうラストチャンスかなというところで踏み込んだところがあると思うんですよね。ま、やってみて、いろんな反応があって、今嬉しい状態ですけど、やってみて上手くいかなくてダメになっちゃうこともあると思うんですよね。それはやったって事実が残るんで、やれないでずっーとやりたいやりたいって言ってるよりは、とにかくやってみてホントにダメだった、うちもこれからダメになるかもしれないですけど、やってみたっていう、やれることはやったっていうのがあれば、納得できると思うんですよね。そんなところですかね。始めたい人はたくさんいると思うんですよね。そこを踏み外して進んで貰えたらと思います」



名:最後の質問ですね。今後の目標を聞かせてください。これは目の前の目標でも、中期的でも、長期的でも、作り手としての目標ですね。
ソ:「最初に話したように、木工だけじゃないっていう形でやっていきたいっていうのは初めからあって、作品集、写真集みたいなものを出したいとか、そういう事を考えてるんですよね。そこの写真は、オにやって貰って、かんざしとかだったら知り合いにさして貰って写真撮ったり、その作品に対して、作品に付いてる詩を作品と一緒に載せたり、という形で出版物みたいなものを出せたらいいなというのはあるんですね。収入的にも一つ一つの商品がそんなに高価なものじゃないので、そのイメージはもう一回使って、その部分も収入にしていけたらいいかなっていうのと、色んなメディア、歌を詠む人とか書く人とか、いろんな人が関わることで何か面白いものが作れたらいいなとは思っていますね。でもそれはすぐにはできないと思うんで。あともっと長期的には、何かあるっけ?」
オ:「(名倉さんから)メールで質問を貰って、ちょっと考えたりしていたのは、木工製品を作っていくだけじゃないこと、私が関わってることでそうなっていくと思うんですけど。いるだけ、みたいな。そういう感じの部分が私にはあると思うんですけど、だからクラフト作家、木工職人じゃないところにもっと行きたいという。その中で、話に出てたのは、「Think Global」 とかになるかもしれないんですけど、今は日本に居ますが、私たちはアメリカにいたときから、展示して見ていただく、ということが始まった経緯があるので、アメリカでもいいんだけど、日本じゃないところでやってみたい。発表とか」
名:個展?
オ:「やりたいです。それでちょっと調べたりコンタクトしたり小さい動きはしてますが、今の段階では難しいし、 わざわざやる意味が今のところないっていうか、他のジャンルの人とか、あっちにいる人とやるとか、できたら面白いのかなとか、日本にいても言葉の方とか、絵の方とかと、同じテーマでやるとか。ブログとか、静岡の手創り市の時にコメント載せさせて頂いた時に書いたんですけど、ひとりひとりが、 1+1+1=1ってなる感じの、展示ができたらいいなと思っていて。1+1+1=10とかじゃなくて。一人ずつが一個になる強さみたいな感じでやれたらすごい面白いんじゃないかなって。そういうことがしたいですね。出版物もそうなんですけど。色んなジャンルの作家さんとか音楽とか、入れたひとつずつが、ひとつの作品になることがしたいです。その中で、前、名倉さんに書いたと思うんですけど、木の作品を絡めた、動画とか音とかビジュアル的なものが入るところでやってみたい。今、音楽とかを誰にして貰うかとか、具体的じゃないけど考えたりしながら日々作っていて、それがおろそかになっているっていうね(笑) でもすごくそれは思ってはいるんだよね?」
ソ:「日々、結構忙しくて、とりあえず注文やらなきゃいけないという形でずるずるずるずるホントにやりたいことはなかなか出来ない。ツグミキューブなんですけど、あれをiPhone とかのアプリケーションにしちゃっても面白いかな。ひとつひとつに音階とか音程とか、音の長さとかがついてれば、花を作った時にこういうメロディーになります、みたいな。あと、自分が作ったイメージをアップできるようにして、ツグミキューブ辞典ていうのをサイト上に作って、どんどん作った人がそれをアップしていって、アイウエオ順で並んでて、それをクリックするとそのイメージの音が聴こえるとか、かなり木工から離れちゃうかもしれないんですけど。遊び、おもちゃみたいなことも考えているんですよね」
オ:「実際今、子供がいたりして、さっきも言ってたんですけど、子供の遊びとか、子供が喜ぶものとか環境みたいのに作品と繋がることができたらそれはすごくいい。他の作家さんとかとそれができたらいいとも思うんですけど、自分が作ったり、表現したりしてやってることに、子供が関わって来るような、ことができたらもっといいなぁと思ってます。 それで自分は、読み聞かせとかストーリーテーリングとかをボランティアでやってるんですけど、それもボランティアって言っても自分がやりたいからやってるんですけど、それを喜んでくれる人もいるんで、それが子供じゃなくても、高齢者の人とかで、周りがおじいさんお婆さんばっかりの中で、子供を連れてって読み聞かせをするとか、なんかそういう風な動きも絡めたい。あとまだあまり知られていないですけど、「おもちゃコ ンサルタント」っていう資格を取ったんですね、最近。なにそれ? ってところなんですけど、おもちゃとか、子供、遊ぶ要素を入れたいというか、おもちゃっていうのは子供だけじゃなくて高齢者とかお年寄りが楽しむツールでもあると思うんです。ツグミキューブはそ ういった意味で、ぴったりだと思う。リハビリの段階の人とか。結局いつも言ってること が同じなんですけど、広く見た時に、欲張りなんですけど、色んな人が関わって木工だけ じゃない風に、形ができたらそれがやってみたい。だから今回、手創り市さんの夕顔展の話を企画書で頂いた時も、すごい面白いなと思って、食べ物と、食べてなくなっちゃうものと、絵と音楽が来て、冊子とかも作る。それが自分なんかが思ってる、混ざっていっこ作るって感じじゃないですか? それはすごいいいなと思って。そういうイベントに使って頂く っていうのは、ホントに、これはいいね! みたいな感じで思っていて、そういうのをしたいですね、自分たちも」
名:した方がいいですよね?(笑)だって別にシンプルじゃないですか? 1+1+1=10とか、やたらめったら膨れ上がる数字じゃないんで。結局作るものは一個なんですよ。そこに向かって工夫したり、協力したり、面白おかしくやって、参加してもらって、作るだけなんですよね。参加した自分の、本当に正直な気持ちがあれば、あとは何処でやるかとかは単純に条件なんで、わけないと思うんですよね。結局今言ったように、使ってるものは現在、木ってことで、それを通して色んな事をしてみたい、というとあれなんですけど、木を通して自分たちの興味のある方向に向いていって、ひとつのものを作ってみたい、それは、結果的に木工作品じゃないかもしれないけど、通ってるものは木であるってことは、今話し聞いてて繋がっていくんだろうなと思いましたね。
ソ:「やりたいことができればいいわけで、それを表現するために、子供がいることも、古材が使える事もを利用して、手創り市という市にも参加できる距離にもいるんで、参加させて貰ってるっていう、色んな条件の中で自分がやりたい事をやる為の手段として今とりあえず、古材を使ってるってだけのことなんですね。だからやっぱり、ソイという作家として、売ってくっていうよりは、ツグミ工芸舎は色んな事を企画してやってくグループだよという感じで見て貰えると嬉しいかなって。売り上げとかそういうことが絡んで来ると、箸だけ創ったら? 箸と言ったらツグミ工芸舎ですよ、みたいな方が、お客さんとしたらわかりやすいかもしれないけれど、自分たちがやりたいことはそれだけでは収まらなくなって来ちゃうと思うんですよね。そうするとこういう形でやってた方がいいのかなっていう。そんな曖昧な感じで歩いてる状態です。
名:なんでもやります、じゃなくて、自分たちが気になる事、好きなこと、やってみたいことをやりますよ、ということですかね?
ソ:「やりたいことを表現するための手段は、自分たちが今、いる環境を最大限利用しますってことですよね。子供がいる事、古材が使える事。市とか雑誌とかに取り上げて貰える事。全部利用させてもらって、自分たちがやりたいことを実現し、それで生活できれば一番最高の状態です」
名:以上でアトリエ訪問のインタビューはおしまいですね。
今回、ツグミ工芸舎さんにアトリエ訪問でお邪魔したり、その前からですね、僕が思うツグミ工芸舎さんの魅力は、これでいいと思うことをシンプルにやってて、これはダメだってことをその場で止めてる、っていうのをすごく感じたんですね。古材や捨てられるかも知れない木を使って、 シンプルに作品にして、それをものとして仕上げて、それが中心としてあって、それ以外は変化しているものであって、その変化もちゃんと肯定しているというか、古材だけを売りにしてないところがすごく魅力だなって思いましたね。で、何でそうなのかな? って考えた時に、さらに自分の勝手な想像なんですけど、今現状、秩父の山中というか、ここに生活していて、生活と制作があって、暮らしていく事と生きていく事があると思うんですよね。そこには意識の移り変わりもあるし、お子さん二人いらっしゃるじゃないですか?お子さん二人小さくて、つまらない大人のことなんかとっとと置いてかれる程どんどん大きくなっていくと思うんですよね。そういう二人の取り巻く環境と、二人の根っこにある部分が合わさって、さっき言った魅力になってるなって、今回改めてアトリエ訪問に訪れて感じました。
長々とおつき合いくださいましてどうもありがとうございました。



名:あと、載せるかどうかわからないんですけど、子供に、もっちゃんに聞きたい事があるんです
オ:「もっちゃん、ちょっといい?」
も:「何?」
ソ:「おにいさんが聞きたいことがあるって」
オ:「インタビューだって。まず座ってください」
名:お父さんとお母さん、木でなんか作ってるでしょ?
も:「作ってるよ」
名:それどう思う? っていうかどう? 見てて。
も:「うーん?」
名:簡単なことでいいよ。楽しそうとか、ホコリっぽいとか、くしゃみ出る、音がうるさいとか。
も:「自慢ができる、うちのお父さんが木工なんだって自慢できる」
名、植:おー!
も:「戻っていい?」
名:うんとね。あの、アトリエ訪問で二人に伝えたいこともあったし、あらかじめお子さんにも会っていたこともあって、アトリエ訪問の中で聞くとかしゃべるとか言うよりも、話せたらいいなって思ったことは、もっちゃんもはるちゃんもこういう場所にいる訳じゃん。 山の中にいるよね? 電気とか通ってるけど、なんかさ、こういう環境ってさ、僕らからすると全然違う環境なんだよね。僕の田舎には普通に山とか川とかあって、普通にトラックとかいっぱい走ってて、スーパーもコンビニもなんでもあって、普通の環境なのね。で、その違いが別にこう、比べるんじゃなくて比べてもしょうがないんだけど、もっちゃんのところは本当にいい環境にいると思うんだよね。何を持って良いとするかはわからないけどね、まあ面白いってことで。それでこれからどんどん大きくなっていく訳でしょう? 小さくはならないと思うんだ、これ以上(笑)大きくなってくんだよね? 世間にいる僕らみたいなつまらない大人になるんだよ。ああだこうだごちゃごちゃ言って。でもこれは決まっちゃってるんだ。大なり小なり。今あるこの環境とかって絶対記憶残る事じゃない?頭の中に。残る事だと思うんだよね? 家の周りにニワトリとか、ニワトリが蛇に食べられちゃったりとか
も:「烏骨鶏」
名:そう烏骨鶏ね・・・。そういうこと全部絶対記憶に残る事で、かといって全部がもっちゃんがこれからやりたい事に役に立つかどうかはそんなことはわからないし、もっちゃんも大人になってどうでもいいことに頭悩まして、つまんないこと考える訳だよ。でも今あるこの環境を絶対こう、記憶に残して、というかどうせ記憶に残るからさ。ということを思いました(笑)
一同:
名:はい、お疲れさまでした。以上です。
一同:「ありがとうございました」
・・・・・
今回も最後までお付き合いくださって有難う御座いました。
実は今回のアトリエ訪問では、ツグミさんのご厚意により秩父に前日入り、要するに私たちは前泊していて、このインタビューの前の晩に色んな話をしていたんです。そこでの話も載せたいとは思いましたがいかんせん話は飛び過ぎるので自分たちの胸の内にしまっておこうと思います。
インタビューにもあるようにツグミ工芸舎さんは木工だけに限らず、今後様々な取り組みをしてゆくと思います。今後も目が離せません。

ご意見・ご感想はmail info@tezukuriichi.com までどうぞ。

名倉哲
info@tezukuriichi.com

※その他写真をご紹介。













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