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himaarさんのことば

2月19日の手創り市でひとまず最後の出展となったhimaar 辻川さんより頂いた記事をご紹介致します。

himaarさんのこれまでのこと、手創り市のこと、これからのことが本音で綴られております。

長文となりますがお付き合い頂ければ幸いです。




去年の10月、「手創り市のルポ」の取材を受けたとき、自分たちでも思いがけずこうお話していました。

「手創り市が人生を変えた」

言ってしまってから、そして今あらためて考えてみても、あれは決して大げさじゃなく本当のことだなあ、と思います。


私たちは、自分でいうのもなんですが若く見られることが多いので、ご参考までにお伝えしておくと、夫・45歳、妻・44歳。

大学を出て、夫はグラフィックデザイナーとして、妻は編集者のちにライターとして、それぞれ会社勤めを経てフリーランスとなり、2003年に二人で事務所を開きました。

有り難いことに仕事は次から次へとあって、徹夜作業はしょっちゅう、1〜2ヶ月のあいだ休日なしで働くこともしばしば。

ようやく休みがとれると温泉へ出かけ、旅先でギャラリーなどを訪ねて好きな工芸品や“作家もの”といわれる作品を見つけるのが楽しみでした。


……というか、正直、その楽しみがなかったらやってらんないよ、って感じだった。

体力的にきつかったし、それ以上に、気持ちがどんどん嫌にもなってきていた。

プロとして仕事を受けて「これがベストだ」と思うものをつくっても、クライアントの一言で、自分の仕事とは言いたくないようなものに変更させられ、世に出ていく……

ろくに素材も情報もなく、作業する日にちもなく、納期だけがガッチリと決まっていて、なんとかカタチにするのがやっと……

それが私たちの実力だ、と言われればそれまでだけど。

果たしてあれで読者や消費者に伝えたいことが届いているのだろうか、とか。

少しは世の中や誰かの役に立っているんだろうか、とか。

やりがいのある仕事もあったけど、自分たちがただ“ごみ”をつくっているような気がするときもあった。


時々にしたってそんなことを感じているようでは、そのまま仕事を続けていけるわけがありません。

ひとまず仕事を少し整理して、東京を離れて考えてみよう、と話し合いました。

ここで「東京を離れて」というキーワードが出てきたのは、当時、地方と東京を往き来するライフスタイルが雑誌で紹介されたり、田舎暮らしのすすめのようなものが広まりつつあったりして、魅力的にみえたから。

そう、私たちはとても影響されやすいのです。

とりあえず仕事を続けるなら月に数回上京できる距離で、できれば好きな温泉があるところがいいね!などと浮かれ気分で考えて(そのときは真剣でしたが)、候補地は長野県・群馬県・栃木県。

実際に物件を見に行ったこともあります。

そんなときです、私たちは初めて「手創り市」というものの存在を知りました。


どこでどう知ったのかは覚えていませんが、「自分がつくったものを自分で売る」と知り、おもしろそう!と思いました。

行ってみたら、案の定おもしろかった。

私たちが心ひかれてきた手仕事の作品がたくさん並び、しかも、それをつくったご本人と直接話すことができるおもしろさ。

そうやって、雑誌やお店の紹介ではなく、自分が感じるままに自分の好きなものを見つけるおもしろさ。

こんなにおもしろい場所を知らない人は損をしている!とまで思って、友人・知人・家族に勧め、誘って連れて行ったりもしました。

そうして“お客さん”として手創り市に通ううちに、だんだんと思いはじめたのです。

「これは、出展するほうがもっとおもしろそうだぞ」


手創り市では、自分がいいと思うものをつくったら、それをそのまま発表できます。

お客さんは気に入れば買ってくれるし、気に入らなければ買ってくれない。

当たり前のようですが、それは理不尽や不満を感じながら仕事をしてきた私たちにとって、シンプルで納得できる理想の仕事のかたちにみえました。


「きみの革小物で、手創り市に出てみようよ」妻は夫に言ってみました。

その7年くらい前から、夫が趣味で革小物をつくっていたから。

独学で自分や家族の財布などをつくるうちに、まわりの友人・知人からのオーダーも受けるようになっていたから。

ちゃんとお金をいただけるものをつくっている、と思えたから。

夫はそもそも、“つくること”が好きなのです。

だからグラフィックデザインを仕事としてきたのですが、そろそろ年齢やキャリアからか、自分で手を動かすよりもディレクションの役割を求められることが多くなってきていました。

ひとに指示をする、教える、言葉で伝える……夫はこういうことがかなり苦手。

そんな状況も仕事が嫌になりはじめた原因のひとつでした。

夫は、一人で黙々と“つくること”がしたい。

妻は、嫌なことをするとすぐ体に出る、そんな夫の頭やおなかが痛くならないでもらいたい。

手創り市に出てみて、売れなきゃ売れないでいいじゃん。

でも、たぶん、大丈夫な気がする、ちょっとだけ自信があったりもしました。


2010年4月、私たちは初めて出展者として手創り市に出かけました。

初心者なので鬼子母神会場はちょっと遠慮して、大鳥神社会場。

その日遊びに来てくれた友人夫妻が撮った、私たちのブースの写真があります。

今みると、よくこれで出展したなあと驚くほど、展示数が少ない。

でも、この写真に写っているアイテムはすべて、今も定番としてつくり続けている、そのことにも驚きます。

展示数は少なかったけれど、ショップカードと、お買い上げいただいたときに渡す製品カードはばっちり。

なんてったって、グラフィックデザイナーとライターがいますから。

しかしながら、接客はさっぱり。

あれほど手創り市に通っていても、いざ出展者の側になってみると、お客さんにどう声をかけたらいいのか、言葉もわからなければタイミングもわからない。

たくさんのお客様と楽しく会話されているお隣りのnuunerさんがとても眩しくみえました。

nuunerさんは初出展の私たちに、親切にいろいろと教えてくださいました。

私たちは隣りで密かに、その接客の技を学ばせてもらったりもしました。

午後3時を過ぎて、たくさんの方が足を止めて見てくださったし、いくつか売ることもできて、初出展にしては上出来だと話し合っていたとき、男女二人連れのお客様がいらっしゃいました。

ショルダーポーチをとても気に入ってくださり、お二人で色違いで欲しい、と。

でも財布にお金がないので今すぐおろしてきます、近くにATMはありますか、と。

そして4時の店じまいに間に合うよう急いで行ってくださったらしく、息を切らして買いに戻ってきてくださったのです。

いいものが買えた、出会えてよかった、と笑顔でおっしゃった。

私たちはすっかり勢いづいて、出してよかった、また来月も出そう!と心に決めました。


天国から地獄へ、といってもいいかも。

初出展からひと月たたないうちに、ショルダーポーチを買ってくださった男性からメールで連絡がありました。

「ストラップを留めてある金具がとれました」

……どうしよう!?……どうすればいい!?

一生懸命冷静になって二人で考え、修理させてほしいのでポーチを着払いで送ってください、とお願いしました。

あの日一緒に買ってくださった女性にも、念のため点検させてもらいたいので伝えてください、と。

お二人ともすぐに送ってくださり、男性のぶんは金具がとれた原因がわかったので修理をし、女性のぶんはすべて点検して新たに付け直して送り返しました。

できることはやったけれど、信用は失った、と思いました。

つくったものを何度点検してもふと不安になり、トラウマになりそうでした。

ところが、お二人はふたたび、私たちの出店に来てくださり、また別のアイテムを買ってくださったのです。

すごく嬉しかった。

実店舗を持たないぶん、買っていただいたあとの対応を尚更しっかりできるようにしておかなくては、と肝に銘じました。

よかったことも悪かったことも、初出展で得た経験は大きい。

この出来事がなかったら、その後出展することをやめていたかもしれません。


「全部見てまわったけど、ここのが一番いいよ」そう言われると手放しで嬉しい。

同業者らしき人が細部までなめるように見てから「切りっぱなし」と捨て台詞を残して去っていったときには、「ウチにゃ切りっぱなしのものなんて一つもないんだよ。そんな見分けもつかないようじゃあんたもまだまだだな!」と悪態をついたり(心の中で)。

嬉しいことがあれば嫌なこともある、気の合う人がいれば合わない人もいる。

でも圧倒的に楽しいことのほうが多い、だからまた出たくなる。

そうして出展回数を重ねるほどに、グラフィックデザインと革小物製作、どっちが本業でどっちが副業か、だんだんわからなくなってきました。

夫の革小物のおかげで、妻も辞めたかった仕事から離れることができ、今では販売経理兼製作助手兼専属ライターとなりました。


手創り市には本当にさまざまな人が出展していると感じます。

すでにそれを生業にしている人、目指している人、出展すること自体を愉しみにつくっている人もいる。

つくるものはもちろん、出展する目的、つくることについての考え方、生活環境、もしも深く話し合うことがあれば社会や生きることに対する考え方はなおさら、千差万別、てんでんばらばら。

スタッフの方々とは挨拶程度であまりお話したことがないのでわかりませんが、おそらくみなさんそれぞれでしょう。

決して全員が同じ方向を向いているわけではない、と思う。

完全な共通項は「自分がつくったものを自分で売る」、それをしている人とそれをよしとしている人、ということくらいかなあ、と感じます。

そんなばらばらの集まりの中で、仲良くなった出展仲間同士だけじゃなく、たまたま隣りになった人や、なんだ!?この人と思った人とでさえ、知らず知らずのうちに何かしらの刺激を受けたり与えたりしている。

そうして月に一度、あの場所で、一緒に「手創り市」というひとつのものをつくりあげている(ようにみえる)。

そこがおもしろい、と思います。

ほかにはちょっとないんじゃないかな。

外からみれば「手創り市」というひとくくりのイメージがあると思うけど、参加している一人一人にそんなイメージを一緒につくろうという自覚はない、と思う。

しかも、手創り市の事務局は次々と新たな試みをしていて、それはイメージをつくろうとしているのじゃなくて、イメージをつくらないようにむしろ壊そうとしている、かのようにもみえる。

本当におもしろいです。

人見知りで友達の少ない私たちが、人と知り合うことをおもしろいと思うようになったのは、手創り市という場をおもしろがっていたからでしょう。

これから手創り市がどうなっていくのか、なにをやるのか、そこで出展者のみなさんがどんなものを発表していくのか、楽しみでわくわくします。

だから、これから毎月その場にいることができないと思うと、本当に残念で寂しくてなりません。


2月19日は、私たちにとって東京を離れる前の、最後の手創り市出展でした。

私たちは4月半ばに東京を離れ、山口県岩国市へ引っ越します。

岩国は妻の出身地。

26年前に上京して以来、岩国へ戻る日が来るとは思ってもいませんでした。


昨年3月11日におきた震災。

この悲しい出来事をきっかけにしたくはなかったけど、結果的にそうなってしまいました。

東北の被災地とは比べものになりませんが、東京にいてさえ、地震におびえる日々。

そして私たちの中で、東京(首都圏全体のことですが象徴として)で暮らすことへの違和感と、被災された方々に対する申し訳なさが日に日に募っていきました。

たとえば、買いだめのニュース。

被災地にはまだ食べ物さえろくに届いていない避難所があるというのに!

さらに、計画停電に対する大騒ぎ。

その原因のひとつとなった福島原子力発電所は、周辺に暮らす福島の人々に電気を届けていたわけではなく、東京電力管内の私たちのために動いていた原発で、そのせいでその電気を使ってもいなかった人々が危険な状況におかれてしまっているというのに!

東京ってずるい、と思いました。

そこからどんどん東京に暮らしていることが嫌になり……

東京に集中している大勢の人々の便利な暮らしを支えるための皺寄せが地方にいってるんじゃないか、とか。

原発が地方の貧しさにつけ入ったものだとするならば、地方を貧しくなくすることはできないのか、せめて東京出身でない私たちは東京を離れて地方へ移ったほうがいいんじゃないか、とか。

そんなことまでぐちゃぐちゃと考えだして、頭の中がぎゅうぎゅうになっていきました。

これは考えていても駄目だ、考えるより動こう。

東京を離れたほうがいいと思うなら、離れてみよう。

フリーランスだからやろうと思えばできる、できるんだからやろう。

夫の実家は今は東京なので、山口にある妻の実家に相談したところ「家に来ていいよ」と協力してくれることになりました。

最終的にどうするかはわからないけれど、とりあえず東京の家と山口の実家を数週間〜数ヶ月ごとに行ったり来たり、そういう生活を試すことに決めて、震災から2ヶ月後の5月、仕事道具や着替えなどを車に満載して山口へと向かいました。


妻は山口へ戻りたいと思ったことはなかったけど、夫は以前から「山口もいい」と思っていました。

もしも、東京をひきはらって山口に住むとしたら、どこでどうやって暮らす?

私たちは初めて現実として考えはじめました。

グラフィックデザインの仕事は東京を離れても続けられるものが少しはあると思う、革小物は引き続きつくってインターネット販売とイベントにもできるだけ出展する、でも……それだけでやっていけるのか?

そう考えたとき、私たち二人の頭に浮かんでいたのは“店をやること”でした。

まあ、店をやればやっていけるとは限らないのですが(むしろ余計に苦しくなる可能性もある)。

稼ぐ手段はひとつよりふたつ、ふたつよりみっつあったほうがいいんじゃないか、と。

どれかでなんとかなるんじゃないか、と。

“店をやる”というのは、影響されやすい私たちが「できたらいいねー」と以前から漠然と憧れ妄想していたこと。

それをこの際、やろうじゃないか。

自分たちの革小物を売り、私たちが手創り市などに出展して出会った作り手の作品もならべて、できれば喫茶も。

そういう店をやるのにいい場所はどこだろう?

今まで年に一度は帰省することがあっても、そういう目で山口をみたことがなかったので、今回はそのつもりであちこちみてまわることにしました。

まずは、実家のある岩国から。

……で、いきなり出会ってしまったのです、取り壊し寸前の築46年の3階建ての小さなビルに。

そのビル(通称:ロバビル)についてご興味のある方には、私たちのブログをご覧いただくとして(「山口生活」というカテゴリーで出てきます)。


出展仲間の一人に「山口へ引っ越して店をやることにした」と報告したら、「なりゆきでしょ?」と言われました。

「またー、すぐそういう言い方してー」と一瞬カチンときたけど、すぐに「そうです、なりゆきです」と自分たちでも思いました。

計画していたことでは、全然ない。

そもそも、私たちはずっと“なりゆき”でここまでやってきたのでした。

大学を出てグラフィックデザイナーと編集者になったけど、二人とも大学でそういう勉強をしたかというと、そうではない。

独立しようと考えていてしたわけではないし、革小物製作を仕事にすることとなった“なりゆきっぷり”はすでに書いたとおり。

「店をやる」と言うと「経験はあるの?」と聞かれることが多いのですが、ありません。

今までやってこられたのは運もあっただろうし、まわりの人にも恵まれていたと思う。

で、今回もまた、なんとなく、やれるような気がしているのです。

いえ、今回は、やってやる、という気持ちも少しはあるかな。

こういう働き方・暮らし方もあるよ、目標に向かって進むことは素晴らしいことだけど、それがなりゆきで変わってしまっても別にいいんじゃない?

そう言えるくらいには、がんばりたいと思っています。


「自分も、そのうち引っ越す予定です」と打ち明けてくれた出展仲間も数人いました。

いいねえ、いいねえ、そうなったら日本各地に遊びに行くところができて嬉しいなあ。

それに「あの地方にはあの人が暮らしている」というのがあると、その地方を身近に感じられて我が事のように考えることができると思う。

これは、とても大事なことだと思います。

そして、東京にいる仲間たち・各地に移った仲間たち、手創り市とも、離れたところにいても点と点でゆるい糸でつながって、誰かが動いたらそのゆるい糸を伝わって何かを感じられるような、そういう関係をつくっていけたら、と思います。

それぞれが、それぞれの土地にしっかり根をはやして、つくる暮らしをしていけたらいい。

私たちは西荻窪に20年以上暮らして、西荻窪はとても好きな街だけれど、残念ながら地域に根をはって生きている感じはしなかった。

今度は岩国で、自分たちの居場所をしっかりつくって、その地域にちゃんと根をはって生きていきたいです。


今、引っ越しと店の準備を進めながら、新しくはじめる店でやってみたいことがどんどん浮かんできています。

ここで発表して有言実行するとかっこいいかもしれませんが、まだ引っ越しすら終わっていないので、書くのはやめておきます。

よかったら、「そういえば、なにやってんのかな?」と時々気にしてブログでものぞいてみてください。

そして、ぜひとも、どうぞ、岩国へ遊びにいらしてください。

社交辞令ではなく、本心です。

東京からだって行ってみればそんなに遠いところではありません、地続きですし、車でも朝出て夜には着きますから。

わざわざ遊びに行ってよかった、と思っていただけるよう準備しておきます。

そして、こちらもまた、手創り市に出展しに来ます。

だから、さよならではなく、これからもよろしくお願いします、ということで。

でも、けじめですから、これだけはお伝えしておきます。

手創り市で出会ったみなさん、本当にありがとうございました。

手創り市、ありがとう!

また会う日まで!


himaar 辻川文俊・辻川純子 


・・・・・


ご覧頂き有り難う御座いました。

手創り市への参加は2月にておしまいですが、3月に西荻のギャラリーで展示会を開催致しますので是非ともご覧下さい。


「goes on a plain.」〜himaar(ヒマール)革のもの展〜

日時:3月9日〜18日13:00〜19:00

※月曜定休、最終日は17:00まで

場所:galerie non

在廊予定:3月9・10・11・16・17・18日


詳しくはhimaarさんのHP http://himaar.com/ をご覧下さい。



※ご意見・ご感想は下記mailまでお気軽にどうぞ。


名倉

info@tezukuriichi.com








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